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小説『第二話・ルージュオブデス』

 久々の更新ですみません! マーダースイーツ第二話です。
 千夜が一気にデレます!
 五話ぐらいまでで出す予定のキャラをキャラ設定記事にアップするので、そちらも良かったらご覧ください。


『ルージュオブデス』

 日曜の朝早く、自宅であるアパートに一度戻った沢村が乗ってきたのは一台のバイクであった。
 少し汚れた白いボディを軽く撫で、高級であろう車――森川のものだ――に擦らぬようガレージに停めると、沢村は丘の上から見える海をぼんやりと眺めた。
 空の色を映す真っ青な海は、さあ出かけようと誘っているようである。
 森川曰く、水上以外は特に許可を取らずとも自由に外出しても良いらしい。
「鈴鳴とでも出かけっかな」
「どこか行くの?」
 後ろから千夜の鈴の音のような声が響き、沢村は慌てて振り向いた。
「いつの間に……」
「別に、こっそり近付いたわけじゃないんだけど」
 千夜は肩を竦め、首を傾げる。
「森川さんと鈴鳴君と、三人で出かけてたよね。荷物取りに行ってたの?」
「ああ、二人は先に車で帰ったけど、俺はこいつで帰ってきた」
 沢村はバイクをこんこんと叩いた。
「へえ……、よく乗るの?」
「まあ、仕事で遠出になることもあったからな」
「そっか」
 千夜は物珍しそうにバイクを見つめている。
 沢村はそんな彼女の反応が意外で、
「乗ってみるか?」
 と、尋ねた。
「私、免許持ってないよ?」
「いや、後ろに乗るかってことだよ」
「後ろに。ああ、なるほど」
「行きたいとこあったら連れてってやるぜ?」
「いいの?」
 千夜は目を輝かせた。
 ――こういう顔してると、可愛いんだよなあ……。
 出会った日こそ刺々しさがあったものの、あれから特にギスギスすることもない。
 あの言動は千夜なりに警戒していたせいなのかもしれないと、沢村は思うことにしていた。
「じゃあ、どこ行きたい?」
「丘を下りたところにあるショッピングモールとか。買いたいものがあるから」
「よし、じゃあそこにすっか」
「うん! 出かける用意してくるね」
 千夜が踵を返すと、ふわりと紺色のワンピースの裾が広がる。
 別荘に戻っていくそんな後姿を見送ると、沢村は溜め息をついた。
「嫌味でいけすかねえやつだと思ってたんだがなあ」
 沢村はバイクにもたれかかり、溜め息をつきながら昨夜の鈴鳴との会話を思い出した。

「なあ、調べてみたけど海戸さんってヤベえ」
 割り振られた沢村の部屋に入ってきた鈴鳴は、開口一番そう告げた。
「ヤベえって何だよ」
 鈴鳴は沢村と向かい合うよう床に腰を下ろし、人差し指を立てた。
「高校時代、全国模試で毎回トップ」
「それってそんなにすげえのか?」
「そりゃそうだろ! 日本で一番勉強できる高校生だったってことだぜ? 東大京大早稲田慶応、選び放題だぜ?」
「確かに、すげえな」
「しかも、母親はあの世界的ピアニストの海戸美夜子だってさ」
「誰だ?」
「ほら、神の音感を持つて言われてた! まあ、半年前に事故で亡くなったんだけどさ」
「事故、か……」
「海戸さんがここにいるの、そのことが関係してるのかもな」
「その事故を調べるためってことか?」
「そうでもなきゃ、選ぶ仕事じゃなくね?」
 沢村は「ああ」と曖昧に返し、千夜の言葉を思い出していた。
 ――殺すことが正しいか否か答えを知りたい、か。
 まだ沢村は、千夜という人間の本質が理解できずにいた。

「お待たせ、安全運転でよろしくね」
 戻ってきた千夜は、小さめのバッグを肩に掛けていた。
「おう」
 沢村は千夜にハーフメット渡し、バイクに跨った。

 丘を下る道は大変見晴らしが良く、一人でもこの辺りをバイクで走るのは気持ちが良さそうだった。
 そうして20分ほどで到着したのは、最近できたばかりの洒落た商業施設である。
 三階建てで面積も広く、ブティックや雑貨店など若い女性向けの店が多いらしい。
 事実、日曜日だが家族連れよりカップルや若い女の客が多かった。
「そういや何買うんだ?」
「ルームウェアとかね、そろそろ暖かくなってきたから冬用じゃ困るし」
「なるほど。そういやどうだった? バイクに乗った感想」
「すごく楽しかった! 車とは全然違うんだね」
「だろ? 肌で直接風を感じられるからな」
「いい刺激になったよ。最近仕事以外で外に出てなかったし」
「ま、楽しむのはこれからだろ?」
「そうだね」
 千夜は柔らかく微笑み、歩き出した。
 ――ほんっと、最初に会った時の冷たさが嘘みてえだな。
 柔和な美少女に胸をときめかせつつ、沢村はその隣を歩いた。
「あのブティック見ていい?」
 千夜が指差した先には若い女性向けの店がある。
「おう」
 入ってみるとカップルが多く、男の自分が浮いているわけではないことに沢村は安堵した。
 そんなことを知ってか知らずか、千夜はハンガーに掛かった服を何着か体に合わせ、姿見で確認している。
 そしてピンク色の薄手のワンピースを手に、沢村の方を向いた。
「これ、どうかな?」
「どうって……、いいんじゃねえの? お前普段着てる服が紺色だし、家ではそういう色も良いと思うぜ」
「そっか、そうだね。じゃあこれ買ってくるよ」
「おう」
 レジに向かう千夜を見送り、沢村は店内を見回した。
 ――やっぱ俺、場違いなんじゃねえか?
 沢村は男子校に通っていたこともあり、恋愛とは程遠い生活をしていた。
 傍から見ればカップルのように見えるかもしれないが、自分と千夜は出会ってまだ間もない他人――というより同僚だ。
 ――勘違いすんなよ、俺。千夜はただバイクに乗ってみたかっただけで……。
 意識し始めるとどこまでも考え込んでしまい、沢村は溜め息をついて頭を掻く。
 ――つかバイク乗ってた時、背中に千夜の胸当たってたよな。柔かかった……って、何考えてんだ!
「お待たせ」
「お、おおっ!」
 会計を済ませた千夜に声をかけられ、沢村の声が裏返る。
「どうしたの?」
「いや、何でもねえ」
「そう?」
「ああ。次はどこ見る? 買いたいもんとかあんのか?」
「特に決めてないけど、雑貨でも見ようかな」
「おう」
 ブティックを出て、二人は並ぶ店を軽く見ながら歩いた。
「沢村君ってさ」
「ん?」
「デートとかしたことある?」
 突然の発言に、沢村は噎せた。
「し、したことねえけど……」
「私も」
 千夜は苦笑し、頬を掻く。
「意外だな、もてたんじゃねえのか?」
「うーん、どうかな。まあ、デートはしたことない」
「へえ」
 沢村は極力興味が無いような口ぶりで返事をする。
「あっ」
 千夜が声を上げたので、沢村は少々驚き彼女の視線の先に目をやった。
 ティーン向けの雑貨屋のショーウィンドウには様々なぬいぐるみが飾られている。
「あのぬいぐるみ、まだ持ってない。見てきていいかな?」
「いいぜ」
 千夜はショップに入ると目当てのぬいぐるみを手に取り、バイクを見た時のように目を輝かせている。
「それ、サメか?」
 デフォルメされ可愛らしくなっているがサメであろうぬいぐるみは、何故か浮き輪とゴーグルを装着していた。
「うん、サメさんっていうんだよ」
「サメさん……」
 安直なネーミングに、沢村はぽかんと口を開けた。
「サメ好きなんだ。強くて格好いいでしょ?」
「強くて、格好いい、か」
 沢村は冗談めかした口調で続けた。
「じゃあ、俺も格好いいか? 強いぜ?」
 こう言えば、「そんなわけない」だの「自惚れ過ぎ」だの、悪態が返ってくると思ったのだ。
 ――そうじゃねえと、本気で惚れちまいそうなんだよ。頼むから、現実に引き戻してくれ!
 だが、千夜は一瞬きょとんとした後、今までで一番魅力的な笑みを見せた。
「そうだね。沢村君も格好いいよ」
 沢村は眩暈を覚え、頭を押さえた。

「あとは、ここかな」
 千夜が立ち止まったのは、少々高級そうな化粧品店の前だ。
 中はOLや主婦と思われる客が多い。
「へえ……。何買うんだ?」
「口紅」
 千夜はそれだけ答え、迷いなくある商品を手に取る。
 サンプルを試すこともなく、既に決めていたような千夜の動作に沢村は首を傾げる。
「いつも使ってるってわけじゃねえよな、それ」
「使ったことはないよ」
「なんか、派手過ぎねえか?」
 その色が千夜に似合わないのは明らかであった。
「いいんだよ、これで」
 千夜はどこか含みのある笑みを浮かべ、レジに向かう。
 ――まあ、いいってんならいいけどよ。
 真っ赤な口紅は毒々しく、少々下品に感じられた。
 立ち振る舞いから品の良さが感じられる千夜には、似合わない。
 ――俺には関係ねえだろ。
 沢村は自分にそう言い聞かせ、一人頷く。
 買い終えた千夜はそんな沢村に「化粧室で塗ってくるね」と告げ、店を出てすたすたと歩いていく。
 店の前のベンチに腰掛けていた男が立ち上がり、その後に続いたのを沢村は見逃さなかった。

 大きなボストンバッグを持った男は、女子トイレを静かに覗き込む。
 中にいるのは鏡の前で今まさに口紅を塗ろうとしている千夜だけだ。個室のドアは全て開いている。
 男は息を潜め、少女が薄い唇に紅を引くのを待ちながら鞄に手を入れた。
 するりと、大振りの鉈を取り出す。
「おい」
 後ろからかけられた声に、男はハッと振り返る。
 鞄を床に取り落とし、手には鉈だけが残った。
「んな物騒なもん持って、覗きってわけじゃねえよな」
 沢村のドスの利いた声に、千夜が続ける。
「今話題になっている殺人鬼、通称『ルージュオブデス』で間違いありませんね?」
「私が、か?」
 地味な印象のスーツ姿の男に、鉈は不似合いだ。
 だからこそ、言い訳はできない。
「この一か月で、首の無い女性の遺体が三件見付かっています。唯一の共通点は、愛用している口紅。犯人はまだ特定されていないけど、殺意を感じたから試してみて正解でした」
 千夜は淡々と男に話しかけ、口紅を化粧台に置いた。
「だからわざわざその口紅を買ったのか」
 沢村の言葉に千夜は頷く。
「うん、私には似合わない色だけど」
 使われなかった口紅は、コトンと音を立てて倒れた。
 それと同時に、男は沢村に向かって鉈を振るった。
 沢村はトンッと後ろに下がり、その一振りを避ける。
「丸腰で、私をどうこうできると思っているのか?」
 男は冷たい声音でそう言いながら、慣れた手付きで凶器を構え直す。
 素手の少年と、刃物を持った殺人鬼。
 どちらが優勢かなど、考える必要もないだろう。
 沢村は男の脇をすり抜け、手洗い場に滑り込む。
「千夜、下がってろよ!」
 そう告げ、彼は自分を追って振るわれる刃を紙一重でかわした。
 男は最初に沢村を殺すと決めたのか、千夜には目もくれず彼を追い詰めていく。
「行き止まりだ、死ね!」
 壁を背にした沢村は、男が降り下ろした鉈を個室に転がり込むことで避けた。
「そんな狭いところで、逃げたつもりか!」
 男は斜めに鉈を振るった。
「狭いと不利なのは、てめえの方だろ」
 沢村の頬を掠めた鉈はドアに深く刺さり、男の動きを遅れさせた。
「くっ!」
 慌てて凶器から手を離した男の懐に飛び込み、沢村はその顎に拳を叩き込んだ。
 ぐわんと脳が揺れるような感覚と共に、男は壁に背中を打ち付けた。
「かは……っ」
 息もできなくなるほどの衝撃。自分を見下ろす少年の、肉食獣のような瞳。
 男は、恐怖した。

 畑中光男は、裕福な家庭で育った。
 だが、幸せだったかと訊かれると難しい。
 父は仕事にしか興味が無く、妻や子供と会話することもなかった。
 専業主婦の母が不倫をし始めたのは、畑中が中学生になった頃だった。
「母さん、ちょっと出かけてくるわね」
 そう言って外出する母の唇は赤く、艶めかしかった。
 若い男と会う時にだけ塗る口紅。
 それは母が女へと変わるスイッチのようなものであった。
 品のない、若作りをした『女』に畑中は酷く興奮した。
 そんな母は、畑中が大学生の時に死んだ。
 不倫相手に殺されたのだ。
 相手は母と結婚したかったらしく、それを拒んだ彼女を殺害し、切り落とした首を畑中家の庭に投げ込んだ。
 不幸にも、それを発見したのは畑中だった。
 彼は悲鳴を上げることなどしなかった。
 ただ、『女』の首を持ち上げるとその赤い唇に口付けた。

「だから、その口紅を付けていた女性を狙ったのか……」
 千夜は眉間に皺を寄せ、流れ込む殺意の源を理解する。
「よく分からねえが。終わったんだな?」
 沢村は千夜に問いかける。
「うん、終わっ……た……?」
 千夜の体がぐらりと揺れる。
「おい、どうした!」
 倒れ込みそうになった千夜に駆け寄り、沢村は軽い身体を抱き留める。
「っと、救急車か? それとも森川さんに連絡……!」
「ごめん、大丈夫……」
 千夜は沢村の肩に手を掛けなんとか自らの体を支える。
「医務室にでも、連れていって……。少し横になれば、治るから……」
「分かった!」
 千夜は沢村に抱え上げられると、安心したように目を閉じた。

「ん……」
 千夜は簡素なベッドで目を覚ました。
 沢村が心配そうに自分を覗き込んでいるのを見て、彼女は「ああ」と小さく声を上げる。
「気が付いたのか!」
「うん。私は、どのくらい寝てた……?」
「30分くらいか……、って、寝てた?」
 素っ頓狂な声を上げる沢村に、千夜は苦笑した。
「昨日、あんまり寝られなかったから」
「ただの睡眠不足かよ。何時間寝たんだ、昨日?」
「一時間、かな」
「……。何やってたんだお前」
「届いた本を読んでただけだよ。アメリカで話題になってるミステリーなんだけど、やっぱり原著で読むとそれなりに時間がかかるものだね」
 身体を起こし、頬を掻く千夜に沢村は溜め息をついた。
「お前って」
「うん?」
「自分の体調とか無頓着な方だろ」
「そう、なのかな?」
「最低7時間は寝ろよ!」
 沢村の脳裏に、母の姿が蘇る。
 目の下に隈を作って働いて、それでも微笑み、死んでいった母親。
 ――一緒にしたくはねえが、こいつも……。
 千夜を見ていると、堪らなく不安になった。
「なんか、ごめんね」
「謝ることじゃねえけど、自分を大切にしろっての。ただでさえ負担がかかるんだろ」
「うん……」
「もうしばらく休んだら、遅い昼飯食って帰るぞ」
 沢村は千夜の肩を掴んでもう一度ベッドに寝かせた。
「そうだね。ねえ……」
「ん?」
「次に目が覚めた時も、君はここにいてくれる?」
「はあ? そりゃ、置いてくわけねえだろ」
「そっか、よかった」
 千夜はそう言うと、すぐに眠りについた。
「何なんだよ……」
 千夜の真意が分からず、沢村は頭を抱えた。
 ――寝惚けてんのか、気まぐれか……。何考えてんだ、こいつは。
 ただ、沢村にとって千夜が放ってはおけない相手になったのは確かであった。
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2018/11/06(火) 21:55:21|
  2. 創作『マーダースイーツ』
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