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小説『本日も晴天なり1、2話』

 書き上がっている晴天シリーズの1、2話修正版のアップです。
 しばらく18禁のみのアップとしていましたが、キャラ紹介がてら載せておきます。
 第1話『医師との遭遇』…晴海、旭雄、みるる、時雨が出ています。
 第2話『墓前の花』…レギュラーキャラは晴海のみ出ています。


『医師との遭遇』

「いたぞ、そっちだ!」
 サングラスに黒いスーツ、帽子という格好の男が叫んだ。
 彼の名は晴海天也という。歳は29歳だ。鍛えられた程良く筋肉の付いた体に見合った速さで、ウェーブした肩までの黒髪を揺らしながら標的を追っている。
「分かっている!」
 黒髪に紺色の和服を着た端正な顔立ちの男が答え、腰に差していた木刀を標的に向かって投げ付けた。
 旭雄日文という名の彼は晴海と同い年。細身の体ながら力は強く、木刀は相手を仕留めることはなかったものの、木に突き刺さった。
「馬鹿かお前! 生きたまま捕まえるのが依頼だろ、殺す気か!」
「すまん、癖だな」
 そう言いつつも、旭雄はしれっとした顔で木刀を抜く。
 晴海は溜め息をつき、頭を掻いた。
「あいつ、木に登っちまったじゃねえか。仕方ねえな、俺も登る」
 晴海はとんっと地面を蹴り、木に掴まる。そして身軽にするすると登っていった。
「おら、観念しろよ。もう逃げ場はねえからな」
 そう言って、相手に手を伸ばす。
 だが、晴海は木の枝にかかる重さを考えていなかった。
「うおっ!」
 バキッという音と共に枝が折れ、彼は重力に従って落下した。
「いってー……」
 地面に強か腰を打ち付けた晴海は情けない声を上げたが、すぐに旭雄を見た。
「あいつは!」
「ちゃんと捕まえたぞ」
 旭雄は白いもこもことした生き物を抱き抱え、その頭を撫でている。
「にゃあん」
 ミケという名の白猫は、気持ち良さそうに目を細めた。

「ただいまー。ミケ引き渡して来たぜ」
 住宅街にある木造の古びた日本家屋。その引き戸を開けると晴海は中に入った。旭雄もそれに続く。
「お、いい匂いだな、今日の晩飯は何だ?」
「肉じゃがだよー」
 廊下の突き当たりにある台所から、ピンク色のワンピースを着た茶色のツインテールが似合う愛らしい少女が顔を出す。
 桃里みるるは童顔と小柄な体型から幼く見られがちだが、19歳である。
「みるるの肉じゃがはうまいからな。今日も箸が進みそうだ」
 旭雄はそう言って居間に入っていった。
 相変わらず能面を付けているような旭雄だが、喜んでいるのである。
 この家で三人は共同生活を営みながら、便利屋を経営している。
 これはそんな彼らの物語である。

 ある日曜日の朝、晴海は鳴り響く目覚まし時計のアラーム音を消した。
「あー、ねみ……」
 頭を掻き、体を起こす。布団を畳み、部屋の隅にやった。
 この家にはそれぞれの部屋と居間、客間、台所、洗面所、そして風呂とトイレがある。古いが広い作りになっているのだ。
 青いシャツとズボンという格好の晴海は洗面所に行き、冷たい水で顔を洗った。
「やっぱ目え覚めるなー」
 台所から味噌汁の匂いがする。毎朝三人分の朝食を用意してくれるみるるに感謝しつつ居間に入ると、窓から庭で素振りをしている旭雄が見えた。
「精が出るな」
 ピンポーンと来客を告げるチャイムが鳴った。
「客かな。みるるー、まだ朝飯まで時間あるか?」
 居間から顔を出し台所に向かって問いかけると、「大丈夫だよ」と返事があった。
「丁度いいな」
 晴海は玄関に向かって「はーい」と声をかけ、立ち上がった。
 戸を開けると、スーツ姿の若い男が立っていた。
「すみません、依頼したいのですが……」
「おう、入ってくれ」
 居間の隣にある客間に依頼人を導く晴海。依頼人はどこか落ち着かない様子で正座をした。
「探すのは犬か? それとも猫?」
 連続して十件のペット探しの依頼を受けていた晴海は、ついそう尋ねた。
「は? 犬?」
「違うのか?」
「これを運んでほしいんです」
 依頼人はスーツケースを座卓の上に置いた。
「大事なプロジェクトに関する書類が入っています。メールでは盗聴の可能性があるので、直接取引先に渡していただきたいんですよ」
「ああ、そういう依頼か、分かった。いつどこに届けりゃいいんだ?」
「これに書いてきました」
 依頼人はポケットからメモを取り出す。
 書かれていたのは郊外にある別荘地だ。車で二、三時間というところだろう。
「明後日なのですが、大丈夫でしょうか?」
「ああ、問題ねえ」
 今の所、便利屋晴天は暇である。スケジュールにも問題は無かった。
「これは前金です。残りは終わってからお支払いしますので」
 出された封筒は分厚かった。中身が千円札でない限り、なかなかの大金のはずだ。
「約束の時間に別荘の鍵を開けておきますので、お願いします」
 彼は一礼すると帰っていった。
「今のは依頼人か?」
 入れ違いに入ってきた旭雄がタオルで汗を拭いながら、依頼人を見送っていた晴海に問いかける。
「おう、大事な書類を届けてほしいんだと」
「そうか……」
 考え込む様子の旭雄に、晴海は首を傾げた。
「何か気になんのか?」
「いや、どこかで見た気がするんだが思い出せん」
「気のせいじゃねえの?」
「そうかもしれんな」
「払いがいいから助かるぜ」
 晴海はそう言って笑った。
「朝ご飯できたよー」
 丁度台所からみるるの声がして、二人は居間に入った。
「ちょっと聞こえちゃったけど、なんだか難しそうな依頼だね」
「これくらい大したことねえよ。ま、俺一人で充分だな。なあ、旭雄……、旭雄?」
 晴海はまだ何か考え込んでいる様子の旭雄に声をかけた。
「ああ、すまん」
「まだ依頼人のことが気になんのか?」
「まあな……」
 旭雄は答え、「ふむ」と息をついた。

 指定された日、晴海はレンタカーで高速道路を走っていた。
 夕日が沈もうとしている空に目をやり、小さく呟く。
「七時に着きゃいいんだったな。まだ時間はあるし、パーキングエリアで晩飯食ってくか」
 今の所は尾行してくる車などもない。このままいくとかなり楽な仕事になりそうだった。
 パーキングエリアに入ると、晴海は助手席に置いていたスーツケースを手にフードコートへと向かった。それなりに広いそこでは数組のカップルや家族連れが食事をしている。
「そういや、連休も終わりだったな。旅行帰りかねえ」
 晴海は独りごちた。
 カウンターにはハンバーガーやサンドイッチなどの軽食から丼物、麺類まで幅広く揃っていた。
「醤油ラーメン一つ」
 適当な物を頼み、できるまで待つ。インスタントなのであろうそれはすぐにできあがり、手渡された。
 晴海は空いている席に座ると、うまくもまずくもないラーメンをすすった。一人で食べるラーメンというのはどうしてこうも味気ないのだろう。
 ふと辺りを見ると彼以外にも一人で食事をしている者がいた。数メートル先の席で白衣を着た女が長い黒髪を耳にかけ、天ぷら蕎麦をすすっている。
 白衣ということは医者だろうか。出張かもしれない。
 ほんの少しの親近感を覚えながら、ラーメンを食べ終えた晴海は返却口に器を返しに行った。
「さ、そろそろ行くか」
 晴海が出口に向かおうとした時、椅子が倒れる音がした。音のした方を振り向くと、カップルの女が倒れている。
「おい、大丈夫か!」
 男はその肩を掴むが、意識がないらしい。
「どうした!」
 晴海は放っておけず、二人に駆け寄った、
 周りの人間たちもざわめき始め、突然のことに驚いた子供は泣き出す。
「彼女が、突然倒れて……」
 男はパニック状態なのか、女の肩を掴んだまま揺さぶった。
「待ってください」
 そんな中、落ち着き払った声が響く。
「揺さぶってはいけません。私は医者です、見せてください」
 声の主は天ぷら蕎麦を食べていた白衣の女だった。
「は、はい!」
 男は彼女に女の体を委ねる。
 白衣の女はペンライトで女の瞳孔を調べていたが、思い出したように晴海の方を向いた。
「すみません、救急車を呼んでいただけますか?」
「おう!」
 晴海はジャージのポケットから携帯電話を取り出し、119番にかけた。医者はその間にも脈の確認などをしている。
 彼女のおかげで周りの客たちは落ち着きを取り戻し始めていた。泣いていた子供も安心したらしく、静かになっている。
 そして一通り調べ終えた彼女は男の方を向き、微笑んだ。
「貧血のようです、心配することはありませんよ。ただし、倒れた時に頭を打っている可能性があるので病院で検査をしてもらってください」
「はい、ありがとうございます!」
 男の礼の言葉に救急車のサイレンが重なる。すぐに救急隊員たちが担架を持って現れ、白衣の女と少し話をした後倒れた女を運んでいった。
「あの、ありがとうございました!」
 男は晴海にも礼を言うと、彼女に付き添っていった。
「大したことなくて良かったぜ」
 ほっと息をついた晴海に、白衣の女が歩み寄る。
「救急車を呼んでいただいて助かりました、一度に全てはできませんからね。私は藍澤時雨といいます」
 時雨はそう言うと左手を差し出した。
「ああ、いや。あんたのおかげでこっちも冷静になれたよ。俺は晴海天也だ」
 晴海はその手を握る。
 時雨はよく見るとなかなかの美人だった。切れ長の瞳は凛々しい印象を与え、細く背の高い体はモデルのようである。年は晴海と同じぐらいだろう。
 ――美人で医者、か。天は二物を与えずって言うけど、ありゃ嘘だな。
「ご旅行ですか?」
「いや、仕事だ。あんたは?」
「私も仕事です」
 やはり出張か何からしい。
 晴海は腕時計を見て「やべっ」と声を上げた。
「どうしました?」
「俺、もう行かねえと。じゃあな、時雨先生」
 早めに出発したため遅れはしないが、時間ギリギリだ。
 晴海は置いていたスーツケースを手に取ると、フードコートを飛び出した。

 それから一時間ほどが経ち、晴海は木々に囲まれたロッジの前で車を停めた。
「一番ロッジだからここだな、間に合って良かったぜ」
 ドアノブに手をかけると、依頼人の言っていた通り鍵は開いていた。
 窓に打ち付けられた板を見る限り使われていないようだが、電気は通っているらしくスイッチを押すと明かりがついた。
 晴海は椅子の埃を払うと腰を下ろした。
「後は相手が来るのを待つだけ、か」
 森の中の別荘は静かで、晴海の呼吸の音と腕時計の針が動く音しかしない。
 ――ここまで静かだと落ち着かねえな。
 トントンと床を踏み鳴らして気を紛らわせる。
 時計の針が七時を指した時、車のエンジン音が静寂を破った。
「お、来たか」
 車の音はロッジの前で止まり、足音がこちらに向かってくる。
 そして、ドアが開いた。
「あれ」
 先程会ったばかりの人物の登場に、晴海は間抜けな声を上げた。
「時雨先生じゃねえか」
 立ち上がった晴海と対峙したのは、パーキングエリアで握手をした藍澤時雨だった。
「やはり貴方でしたか」
 時雨は穏やかな笑みを湛えたまま、晴海との距離を詰める。
 白衣のポケット出された右手を、晴海はとっさの判断で後ろに下がって避けた。メスが晴海のいた空間を切り裂いた。
「おいおい、どういうことだ?」
 晴海は時雨をキッと睨み付けた。時雨は臆することなくくすくすと笑う。
「鈍い方ですね、私はあの時左手を出しましたよ。左手での握手は……」
 ――敵対の証。
「つまりお前は、これを奪いにきた敵ってことか」
 スーツケースを持ち上げると、時雨は頷いた。
「貴方を殺して奪えという依頼を受けました」
「医者じゃなかったのかよ」
「それは表の顔です。裏では殺し屋をしていましてね」
 時雨の手が横に滑り、晴海目掛けてメスが飛ぶ。
 晴海はそれを人差し指と中指で受け止めた。そして時雨に駆け寄り蹴りを放つ。
 時雨は体勢を低くし、それをかわした。
 互いに間合いを取ると、晴海は笑った。
「さすがだな、いい反射神経してるじゃねえか」
「それはどうも。貴方もなかなかの手練とお見受けしますが」
「そうかよ」
 互いに距離を詰め合う。晴海の手刀を時雨がかわし、数本のメスを放つ。避け切れないと判断した晴海はスーツケースを盾にした。メスが刺さるが、この感覚なら恐らく中身は無事だろう。
「壊れ物じゃねえんだ、許せ!」
 晴海はそのまま振り抜いた。
「うっ!」
 即頭部にスーツケースの一撃を喰らった時雨はよろける。
 そこまでは良かったのだが……。
「げっ!」
 衝撃でスーツケースが開き、百枚ほどの書類が宙を舞った。
「やべえっ!」
 慌てて集めようとした晴海はあることに気付いて立ち尽くす。
「全部、白紙……?」
 文字も図も書かれていない、ただの白い紙ばかりだった。
 ふらついた時雨も落ちた紙を拾い光にかざしたが、何の変哲もない紙だった。
「どういうことだよ……」
「これは偽物で、本物は貴方のお仲間が別の所に運んでいる、ということですか?」
「いや、確かにこれが依頼人から預かったもんだ」
 二人は舞い散る白紙の中で顔を見合わせた。
「どうやら俺たちは……」
「踊らされているようですね」

 数分前からロッジのドアを数センチ開け、中を覗いている男がいた。柄シャツにジーパンというラフな格好だが、それは紛れもなく依頼人だった。
「ちっ、気付きやがったか。潰し合ってもらおうと思ったのによお」
 男は舌打ちをすると、持っていたポリタンクの蓋を開けた。
「仕方ねえ、二人揃って焼け死んでもらうぜ」
 ポリタンクの中身――灯油がまかれ、火のついたライターが投げられた。

 中にいた二人はすぐに異変に気付いた。
「この匂い、灯油か!」
「早く出ましょう!」
 ドアに駆け寄った二人だが、ドアノブに手をかける前にそこは炎に包まれた。
「火の回りが早い! 他に出られるとこは……」
 慌てて後ろに下がった晴海はロッジ内を見回した。
 ドアのある壁以外の面に窓は三枚ある。板が打ち付けてあるが、それぐらいならば簡単に破れる。
 晴海は火の手から離れた窓に椅子を叩き付けた。
「よし、割れた!」
 ほっと息をついたが、火の手はドア以外からも上がっていた。早く逃げなければ危険だ。
「何箇所か火をつけたようですね。まったく、手の込んだことを……」
「とにかく、早く出るぞ!」
 晴海が時雨の方を振り返った時、小さな爆発が起こった。
「くっ!」
 飛んできた火の粉から、晴海は腕で顔をかばう。
 目を開けた時、衝撃で倒れた棚が二人の間で炎の壁となっていた。
「くそっ! なんとかこっちに来られねえか!」
 このままでは時雨が取り残される……。
 しかし、時雨は冷静な様子だった。
「難しいですね。貴方だけ逃げてください」
「見殺しにできっかよ!」
 晴海は腕が炎に炙られるのも気にせず、彼女に手を差し伸べる。
 時雨は首を横に振った。
「殺し屋としての依頼が反故になった今、私は医者です」
 その顔には何かを悟ったような静かな笑みが広がっていた。
「死を受け止めるのも医者の仕事のうちですよ。たとえ直面しているのが、自分であっても」
 晴海はギリっと奥歯を噛み締める。時雨はそんな彼を見つめた。
「そして生きられる者を生かすのが仕事です。行ってください、晴海さん!」
 炎はロッジ全体を飲み込もうとしていた。もう、手遅れなのだろう。
「く……っ」
 晴海は窓から外へ飛び出した。
 振り返ると、ロッジは炎を吹き上げ崩れ落ちるところだった。
「晴海」
 旭雄の声に、晴海ははっとした。
「そいつは……」
 呆然としている晴海の前に、旭雄は気絶している男を投げ捨てた。
 他でもない、依頼人だ。
「気になったから人留さんに調べてもらった。以前潰した暴力団の下っ端だ。覚えていないか?」
 晴海は知り合いの探偵の名前を聞き、旭雄の顔からもう一度倒れている男に目をやった。
 そうだ、この格好なら分かる。一年ほど前に立ち退き問題で壊滅させた暴力団、その事務所でこの男を見た覚えがあった。
 確かその後、リーダー格の男が殺し屋に命を奪われたという噂を聞いた気がする。
「その殺し屋が、時雨か」
 晴海は頭を抱えた。
「俺がもっと早くに気付いてたら……」
 旭雄は未だ炎が揺らめくロッジの残骸に目をやる。
「今更言っても、詮無きことだ」
「畜生……」
 遠くから、消防車のサイレンが聞こえてきた。

「晴海さん、晴海さん!」
「ん? ああ、どした?」
 翌日、居間でぼんやりとしていた晴海はみるるに呼ばれて我に返った。
「その腕、ちゃんと病院に行った方がいいよ?」
 捲り上げたジャージの袖から覗く右腕は赤くなっている。時雨に手を伸ばした時にできた火傷だ。
「別にこれくらい、大したことねえよ」
「だめ!」
 みるるは珍しく声を荒げた。
「何かあったらどうするの! 病院に行って!」
 大きな瞳に見つめられ、晴海は苦笑した。
「分かった分かった、行ってくるよ。今から行ったら夕飯までに帰れるだろうし」
 本当は病院に行くのは気が重かった。勿論怖いわけではない。医者を見たら、時雨のことを思い出してしまうからだ。
 ――それじゃあ逃げてるだけだ。駄目だな、俺は……。
 みるるに心配をかけるのも嫌で、晴海は財布をポケットにねじ込むと家を出た。
 歩いて十数分の所に総合病院がある。そこで見てもらおう。

 保険証を受付に出した晴海は、広いロビーのソファに腰をかけて自分の番を待っていた。
 忙しそうに目の前を通り過ぎていく医者たちに、やはり時雨の姿を重ねてしまう。
 時雨は殺し屋だった。きっといくつもの命を奪ってきたのだろう。
 しかし、と晴海は思う。
 同時に医者として、いくつもの命を救ってきたはずだ。
「何で、助けられなかったんだろうな、俺は……」
 ぎゅっと目をつぶると、炎の中で微笑む時雨の姿が蘇った。
「藍澤先生、205号室の患者さんのことなんですが……」
 看護師の女の声に、晴海は目を開けた。
「分かりました」
 返事と共に白衣の裾を翻して向かうのは、時雨だった。
「時雨!」
 晴海は立ち上がり、その肩を掴む。
「はい?」
 振り返った彼女は晴海を見ると「ああ」と声を上げ微笑んだ。
「生きてたのか?」
「ええ、奇跡的に少しの火傷で済みましたよ」
 そう言って、包帯の巻かれた左手を見せる。
「そうか……」
 晴海は安堵の気持ちで体から力が抜けていくのを感じた。
「藍澤先生?」
 看護師が怪訝そうな声を上げる。
「すみません、すぐに行きます」
 時雨は晴海に右手を差し出した。
「またお会いしましょう、晴海さん」
「お、おう」
 晴海はその手をおずおずと握る。
 「では」と去っていく時雨の背中を見つめ、晴海は笑った。
「なんか拍子抜けしちまったぜ、ははっ」
 そして、右手を強く握り締めた。



『墓前の花』

 ――嫌な予感はしてたんだよ。
 晴海は内心呟いた。
 電話で依頼を受け、指定された住所に行くと立派な屋敷、そして門には『八義組』という大きな表札。
 広い座敷で正座している晴海の前には、彼らとそう変わらない年の茶髪の男が胡座をかいている。
 更に両サイドには、十人ずつの明らかにカタギとは思えない男たち……。
 ――これって、あれだよな。ヤの付く方々……。
 両サイドからの威圧感に、冷や汗が頬を伝う。
 ――まあ、ヘマさえしなけりゃ小指も無くならねえはず……。
「随分緊張してんな」
 晴海と対峙する若き組長、八義竜司はニヤリと笑い口を開いた。
「あ、ああ。依頼ってのは……」
 晴海は身を固くして問いかける。
「危ないことじゃねえ。その前に、お前ら、ちょっと出とけ」
「しかし五代目!」
 男たちは身を乗り出すが、八義がドスの効いた声で、
「いいから出てろ」
 と言うと、渋々座敷を後にした。
 人口密度が一気に下がり、空気が軽くなる。
 晴海は腹を括ったように拳を握り締めた。
「で、用件は何なんだ、八義さん」
 八義はカラッとした笑顔で――こうして見ると普通の好青年だ――依頼内容を口にする。
「簡単なこった。俺の両親の墓前に、毎年俺より早く花を供えてる奴が誰か知りたい」
「両親の墓前に、花?」
 晴海は言葉を切り取り、繰り返す。
「ああ、俺が高校生の時に死んだ両親だ。命日には朝一で花供えに行ってんだが、毎年俺より早く供えてる奴がいやがる」
 晴海は頭を掻いた。
「んなこと言ったって、子供より先に花供えようってぐらい大事に想ってんのは親ぐらいのもんじゃねえのか?」
 つまり、八義の祖父ではないのか。
 だが、八義は首を横に振った。
「俺のじいさんはまだ、親父とお袋を許しちゃいねえよ」
 八義はそのまま言葉を続ける。
「八義組は義理と人情を大事にする組だ。カタギに迷惑はかけねえ、薬にも手は出さねえ。昔気質な極道だ。でもそんなやり方を頑固に貫いてきたからか組員も二十人程度、小さな組だよ」
 どうやら先程までいた男たちが全ての組員らしい。
「じいさん、つまり四代目もそんなタチだった。組員にも慕われてたよ。ただ、娘にもそれを強要した」
「あんたのお袋さんに、か?」
 その問いに八義は頷く。
「ああ、カタギの奴じゃなく組の奴と結婚しろってな。カタギの奴を無理に組に引き入れるような真似するんじゃねえって」
 そこで、一呼吸の間があった。
「でもお袋は、大学で知り合った男と恋に落ちて、駆け落ちしちまった。それで生まれたのが俺だ」
「それで、四代目は?」
「探しに探したさ。でも見付からなかった。親父とお袋が、事故で死ぬまで。新聞記事で居所を知ったじいさんは俺を引取りにきたよ。でも、俺は拒んだ。親父とお袋のことは、まだ許してねえなんて言いやがるもんでな」
「ああ……」
「でも、毎日毎日来やがるんだ。どうしても一緒に暮らしたい、お前は家族なんだって、カタギを組に引き入れないという掟を破って頭下げに来たんだ……。根負けして、高校を卒業した後八義組に入ったよ。組員みんないい奴だった。俺のことを、家族みたいに扱ってくれた」
 八義はそこで茶を飲んで一息ついた。
「いつの間にか、憧れてたよ。義理と人情を大事にしてる組の奴らにも、そいつらに慕われてるじいさんにも。俺も、しっかり八義組の一員になってた」
 語る八義は、どこか照れくさそうだった。
「去年俺が五代目を継いだ時も、誰一人文句言わなかったんだ。こんな若造が組長になるっつーのにな」
 晴海はいつの間にか八義の話を真剣に聞いていた。だからこそ、こう思う。
「口では許さねえなんて言ってても、子供を想わない父親なんていねえだろ。やっぱりじいさんなんじゃ……」
「それはねえんだ」
 八義はきっぱりと言い切った。
「俺が五代目を継いだのは、じいさんが死んだからなんだよ」

 八義の両親の墓はバスで二時間程度、晴空市外にあった。
 あまり建物もなく、緑の多い良い場所だ。
「じいさんが死んだ二ヶ月後の命日にも花が供えられてた、か」
 晴海は呟き、八義の両親の墓の前で手を合わせた。
 四代目だとしたら、幽霊が墓参りをしたことになる。
「にしても、こんなこと俺たちに頼まなくたって簡単にできる、自分でよ」
 晴海が呟いた時、寺の住職がゆったりとした歩調で歩いてきた。
「あんたかね、話を聞きたいと電話してきたのは」
 穏やかそうな住職は、話すペースもゆったりしていた。
「ああ、この墓に毎年花を供えに来てた奴について、聞きてえんだけど」
 住職はほっほっほっと笑う。
「あの青年のことか。毎年来ててのう、成長していくのがよく分かる」
「や、そいつじゃねえんだ。そいつの前に来て、花を供えてた奴、知らねえか?」
「おお、あの人のことかね。何度か話したこともある、よく知っとるよ」
 晴海は「え」と声を上げた。

 翌日、再び八義組を訪れた晴海は同じ座敷に通された。
「花を供えてた奴が分かった」
 開口一番にそう言った晴海に、八義は身を乗り出す。
「本当か! 教えてくれ!」
 だが、制するように口を開く。
「明日が、命日なんだろ」
「そうだが……」
 戸惑いを見せる八義を見て、晴海は真剣な声音で告げる。
「怖かったんだな、真実を知るのが」
 八義は数秒間黙り込んだが、諦めたように頷いた。
「ああ、じいさんがしてるもんだと、思いたかった。親父とお袋のこと、ほんとは許してるもんだと思いたかった」
「だからこそ、本人に訊けなかった」
「否定されるのが怖かった。いつか訊こうと思ってるうちに、じいさんは逝っちまったけどな。でも、死んじまった人間が花なんて供えられるわけがねえ。じゃあ、今までのもじいさんがやったことじゃなかったってことだ。そう思うと、自分で確かめるのが怖くなっちまった」
「それでも俺たちに依頼したのは、知りたかったからなんだろ。真実を」
「ああ」
 八義は強く頷いた。
「それなら、明日一緒に張り込むぞ。自分の目で確かめろよ、五代目として」

 夜中、八義はジャケットを羽織った。
 屋敷を出ると、部下の河田が車を用意して待っていた。
「墓参りぐらい、一人で行くさ」
 八義は笑い、河田の横を通り過ぎる。
「しかし五代目……」
 八義は立ち止まり、背を向けたまま話しかけた。
「お前は古株で、俺がここに来た時はたくさん世話をかけちまったな」
「五代目……」
「俺の不安も愚痴も聞いてくれた。俺がここまで来れたのも、お前のおかげだ。でも」
 そして振り返って笑う。
「俺ももう大人だ。心配すんな」
「へい!」
 河田は深く頭を下げた。
「じゃあ、行ってくる」
 八義は晴海との約束の場所へ向かって歩き出した。

 朝の五時、草叢に二人は隠れていた。
 空が白み始め、朝日がやって来た人物を照らす。
 背を向けているため、はっきりと顔が分からないその男は墓の掃除をし、花を供える。
 それを八義は黙って見つめていた。少しずつ、その正体に気付き始めていた。
 男が振り返り、それは確信に変わった。
「河田!」
 草叢から飛び出す八義。晴海もそれに続き、黙って二人を見つめた。
「お前が、やってたのか? 毎年、俺より前に花を……」
 震える声で問いかける八義に、河田は首を横に振る。
「いえ、五代目……」
「こんなに早く、精が出ますなあ」
 場に似合わぬ、穏やかな声。住職がにこにこと微笑みながらやってくる。
「なんならお茶でも飲んで行きなさい。あんたとも、話がしたい」
 そう言って、八義を見つめた。

 三人はお堂に通され、茶を出された。
 しかし八義は落ち着かない様子で、一口飲むと口を開いた。
「単刀直入に訊くが、これは……」
「この人は確かに毎年来ておった」
 住職は湯呑に手を付けてすらいない河田を見た。遠慮なく茶を飲んでいるのは晴海だけだ。
「じゃあ……」
 八義の言葉を、住職は遮る。
「しかし、一日の最後じゃ。二人分の花が供えられているのを見て、安心したように自分も花を供えとった。ただ、去年は朝早く来ておったのう」
「去年、は?」
「一昨年まで、朝一番に来とったのはあの仏様のお父上。あんたのおじいさんじゃよ」
 八義は目を大きく見開き、身を乗り出す。
「じいさんが!」
「ああ、毎年朝早くに来て、掃除をして花を供えておった。よく話したもんじゃ」
「どんな、話を……」
「親より先に逝っちまうなんて、最後まで親不孝な娘だ、と」
「そうか……」
「それに、泣きそうな顔で言っとったのう。あの時許してやっていれば、こんなことにはならなかったのに、とも」
 八義の瞳に、涙が浮かぶ。
 河田は八義に向かって土下座をした。
「黙っていて申し訳ありませんでした! 四代目は頑固なお人でした。だから、照れくさかったんです。亡くなられる前に、これからは自分の代わりに花を供えてくれとおっしゃって……」
「頭上げろよ、馬鹿」
 八義はそう言って、涙を堪えるように上を向いた。
「ったく、ほんと頑固なじいさんだぜ。早く言えよな、そうしたら……」
 そして、墓の方を見つめる。
「一緒に墓参り、できたのによお……」

 晴海はお堂を出て、墓石の間を歩いていた。
「八義さんたちは住職にもう少し話を聞いていく、か。じいさんのこと、もっとよく知れたらいいな」
 そう呟いて振り返り、八義の両親の墓に目をやった。
「ん?」
 一瞬、まだ若い八義と元気そうな老人の姿が見えたように思えたが、きっと気のせいだろう。
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  1. 2018/03/08(木) 20:14:31|
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