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18禁小説『どうか心の片隅に(エピローグ)』

 エピローグ、エロシーンはありません。
 千夜は探偵になることを決意する。そんな彼女の過去とは…。


エピローグ
 その後、千夜は警察署で話を聞かれた。
 彼女はただ、見聞きしたことを話した。――水上のこと以外。
 千夜が解放された時、外はもう暗くなっていた。
「はあ、疲れた……」
 千夜は警察署の前に海戸の車が止まっているのに気付く。
「千夜!」
「あ、おじさん」
 海戸が怒っているのは分かっていた。だが逃げはせず、助手席に座る。
 海戸はアクセルを踏み、千夜のマンションを目指した。
 そして、前を見たまま口を開いた。
「何で怒ってるか、分かるな?」
「黙って危ないことしたから」
 千夜も前を向いたまま答える。
「そうだ」
「ごめんなさい」
 素直に謝ると、海戸は溜め息をついた。
「本当に心配してるんだ。お前のことが大切なんだよ……。頼むから、危ないことはしないでくれ」
 海戸の声は、震えていた。
「じゃあ、おじさんがついてて」
 千夜はしっかりとした声で言う。
「私は、探偵になる。だから、おじさんが一緒にいて」
「はあ?」
「海戸探偵事務所なんだから海戸千夜がいても問題ないでしょ?」
「お前、何言って……」
「前、赤信号」
 千夜の顔を見ようとした海戸は、慌てて前方に注意を向けた。
「きっと私に、必要なことなんだと思う」

 彼女の過去の話をしよう。
 千夜は、父親を知らずに育った。
 父は死んだとだけ、聞かされていた。
 たまに田舎から遊びにきてくれる祖父はとても優しく、父の日には彼の絵を描いた。
 海戸も千夜のことを気にかけ、よく遊んでくれた。
 母は厳しくも優しく、惜しみない愛情を注いでくれた。
 金銭的な苦労もなく、決して不幸ではなかった。
 むしろ、幸せだった。
 愛された育った彼女は、父親も同様に自分を愛してくれていたのだと信じていた。
 そう思えば、父の不在など些細なことに思えた。
 だが、ピアニストの母がコンサートへ行く途中に事故で他界したことから、世界は変わっていく。
 葬儀の後、祖父と海戸は千夜のマンションでこれからのことを話し合っていた。
 ショックと疲れで一人早くに眠っていた千夜だったが、ふと目が覚めた時、その話を聞いてしまう。
「あの男にも、姉貴が死んだことを知らせるべきじゃねえか?」
「いや、もしあれが千夜に会いにきたらどうする」
「でも、父親なんだぜ、千夜の……」
 父は、生きている。
 思えば気付くべきだったのだ。父の名を口にせず、写真も見せない母を疑うべきだったのだ。
 千夜は戸籍謄本で初めて知った父の名を、インターネットの検索ボックスに打ち込んだ。
 今の時代はとても便利だ。エンターキーを押すと、大学のホームページがヒットした。
 父の名と写真は、講師一覧の中にあった。
 どこにも故人という表現は見られない。ホームページも最新のものだ。
 ――やっぱり、生きてるんだ。
 電車で二時間ほどかかる市外の大学に、千夜は向かった。
 大学内で迷っていた千夜に声をかけたのは、偶然にも写真で見た父だった。
「あの、千夜です。貴方の、娘の……」
「ああ、千夜か」
 父が自分の名を呼んでくれた。
 それが堪らなく嬉しかった。
 共に暮らせなかったのは、何か理由があってのことだったのだ。
「私には新しい家族がいるんだ。会いにくるな、迷惑だ」
「え?」
「家族を大事にしたいんだ、分かるだろう?」
 それだけ言うと、父は去っていった。
 何かの間違いだったのかもしれない。
 帰宅した千夜は、まだマンションに滞在していた祖父にそのことを打ち明けた。
 祖父は苦々しい表情で全てを語った。
 父が、母に暴力を振るっていたこと。
 母が、千夜を連れて逃げたこと。
 その後、父が再婚したこと。
 祖父は、もうあの男に関わらないように言った。
 千夜は頷いた。
 しかし、一度ついた憎しみの火が消えることはない。
 ――お母さんに、暴力を振るってた……。
 あの優しい母を傷付けた。
 ――それなのに、家族を大事にしたい?
 そんな男が、再婚してのうのうと幸せな家庭を築いている。
 ――死ね。
 憎しみの火は激しい物へと変化していく。
 ――殺してやる。私が、この手で殺してやる……。
 殺意が、芽生えた。
 まだ実行していないのは、祖父と海戸がいてくれたからだった。
 愛されて育った少女は、彼らの存在をブレーキにすることができた。
 ――私が人を殺せば、悲しむ人がいる。
 そう思えば思うほど、頭の中はぐちゃぐちゃになった。
 ――殺したい、殺してはいけない……。どうしたら、いいんだ……。
 千夜は、海戸を誘った。
 いや、自覚はなかったのだろう。だが、迷い苦しむ彼女は不思議と抗いがたい色香を放ち、叔父を動かした。
 それはきっと、必要な行為だったのだ。快楽で思考を止めるという、千夜にとって必要な時間。
 それを海戸も感じ取っていたため、続いているのだ。

「国本先生と対峙した時、すごく不思議な感じがした。まるで……」
 千夜は胸を押さえる。
「殺意と狂気が、私の中に流れ込んでくるみたいな感覚だった」
 海戸は黙っている。千夜はそのまま続けた。
「私は、知りたいの。人を殺す人間の気持ちが、その末路が、どんなものか。そうすれば、何が正しいことなのか分かる気がするから」
 マンションに到着し、海戸は車を止めた。
「正しいことなのかってのは、あいつを殺すか殺さないかってやつか?」
 海戸は苦悶の表情を浮かべた。
 ――なあ、千夜……。
 口にしかけた言葉を、何とか飲み込む。
 ――お前が手を汚すぐらいなら、俺があいつを殺すよ……。
 その言葉は、きっと千夜を今以上に悩ませる。
 ――これ以上、千夜を苦しめたくねえ。
「うん、私は自分の殺意が正しいものなのか、知りたい」
「じゃあ。助手ってことでいいな?」
 海戸は、何とか笑顔を作ってみせる。
「うん、いいよ」
「塾は、続けろよ。受験生なんだ」
「うん」
「バイト代は安いぜ。それに、基本はペット探しか浮気調査だ」
「分かってる」
「そうだ、苺味のローション、買ってあっから」
「ありがとう」
 千夜は、笑った。

 電気のついた1207号室の窓を、道路から見上げる男が一人。
「千夜、君にはやっぱり素質がある」
 水上は、独り言ちる。
「人を殺す――殺人鬼になる素質があるんだ」
 まるで舞台に一人立つ役者のように、かれは続けた。
「君は今、蛹なんだよ。これからたくさんの事件に関わっていき、殺意と狂気を吸収していくんだ。そしていつか……」
 水上は笑った。
「殺人鬼として、羽化すればいい」
 彼はマンションに背を向け、ゆっくりと歩き出した。
 鼻歌を歌う。その曲は、千夜が生物室で歌ったものと同じだった。
 勇壮な、メロディー。
「俺の殺意と狂気も、留めておいておくれ。どうか心の片隅に」
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テーマ:恋愛:エロス:官能小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2017/05/13(土) 19:48:59|
  2. 没小説
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