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18禁小説『どうか心の片隅に(第一章)』

 第一話第一章、叔父である海戸とセックスする千夜。
 そんな日常の中、同級生が殺害される。その通夜の帰りに出会ったのは、あの殺人鬼だった。


第一章
 混雑した駅のホームで、千夜は前に立つ男の背中を見つめていた。
 スーツ姿のその男は、無防備な背中を晒している。
 ――今なら、この男を殺せる。
 周りの人間たちはスマートフォンを弄っていたり文庫本を読んでいたり、と他人に興味はないらしい。
 憎い男を殺すには絶好のチャンスと言えるだろう。
 千夜は大きく息を吸った。
「電車が参ります、ご注意ください」
 そのアナウンスを聞きながら、息を吐き出す。
 あと難病だろう、この男の命が尽きるまで。
 電車が見えた。
 千夜は思い切り手を突き出した。
 男は背中を押されてバランスを崩す。ホームに留まろうとする足は絡まり、死へのステップを踏む。
 電車のブレーキ音を聞きながら、千夜は背を向けた。
 ――ああ、やっとあんたを殺せた。

「ん……」
 千夜はベッドで目を覚ました。
「ああ、夢かあ……」
 体を起こし、息をつく。
 まだ掌に男の背中の感触が残っているようだった。
 千夜の部屋にはベッドと机の他に、本棚がある。
 そこには様々な本が並んでいる。ミステリー小説が多いが、中には高校生が読むとは思えない専門書や洋書も収まっている。
 彼女の成績がトップクラスなのは、趣味である読書から得た知識のおかげと言えるだろう。
 千夜はピンク色のパジャマ姿のまま洗面所に向かう。
 顔を洗ってさっぱりするとリビングでテレビをつけ、菓子パンの封を開けた。
 料理をほとんどしない千夜にとって、機能性が売りのダイニングキッチンは無用の長物だ。
 パンにコーティングされたチョコレートの香りで、頭が覚醒していく。
 それを齧りながらテレビに目をやると、昨夜通った道が映っていた。
「あ……」
 あの公園で女子高生が殺害されていたのだ。
 コメンテイターが「現代の切り裂きジャックの犯行でしょうか」などと言っている。
「現代の切り裂きジャックかあ……」
 それはここ最近話題になっている殺人鬼の呼び名だ。
 マスコミによると昨夜で四人になる被害者たちが全員売春をしていたらしく、週刊誌やワイドショーでは犯人のことを19世紀ロンドンで起こった連続殺人事件になぞらえていた。
 被害者は喉と腹を裂かれた挙句、死んだ後私生活を暴かれネットでは死んで当然の売女扱いを受けている。
「死体蹴りだよなあ、まあいいけど」
 千夜は肩を竦めると残ったパンを口に詰め込み、ハンガーに掛けてあった制服を取った。
 手早く着替え、三年生であることを示す赤いネクタイを締める。
「そろそろ行かなきゃ」
 千夜は通学鞄を手に取り、専門家らしき男がプロファイリングをしているのを横目にテレビを消した。
「あれは、二十代後半かな」
 昨日の男を思い出し、小さく呟く。
 玄関で靴を履く千夜には「いってきます」を言う相手がいない。
 去年母が他界し、その位牌は田舎で暮らす祖父の家にある。
 千夜は何も言わずドアに鍵をかけると、エレベーターに向かった。

 八時を過ぎた今、朝練のない生徒たちで晴常高校の校門付近は賑わっていた。
 昔は貿易に使われていたという白い洋風の校舎は洒落ており、生徒たちから人気があった。
 千夜は軽やかな足取りで南校舎の階段を上がり、三年一組の教室に入る。
「おはよー、千夜」
 窓際の席で、茶色の長い髪をツーサイドアップにした愛らしい少女が手を挙げる。
「ああ、千夜か。おはよう」
 その隣の席のスレンダーな少女は教科書をまとめ、茶色いセミロングヘアーを耳にかけた。
 鈴原美由と鷹川冷奈は千夜の親友である。
「おはよ」
 千夜は美由の前の席に座った。
「さっきから千夜の話してたのよ」
「え、何で?」
「殺人事件があっただろう、お前のマンションの近くで」
 千夜は冷奈の言葉に納得し、頷く。
「ああ、あれね。今朝ワイドショーでやってたよ」
「あんたも気をつけなよー。塾の帰り、遅くなるんでしょ?」
「それは冷奈も一緒だよ」
 冷奈はクラスこそ違うが、千夜と同じく創知学院に通っているのだ。
「そうだな、私も気を付ける」
「ま、それは置いといて」
 千夜は何かを置くジェスチャーをすると、
「この間借りた映画がすっごく面白かったんだー」
 と、二人の方へ身を乗り出す。
 千夜のもう一つの趣味は映画鑑賞だ。
「へえ、何ていうタイトルだ?」
「ゾンビVSビッグシャーク」
「また出たわね、千夜のB級ホラー好き」
「ほんと面白いんだって。最後は主人公が大量のゾンビとおっきい鮫をロケットランチャーで吹っ飛ばすんだけど、そこが最高なの」
「あんた、どうやって毎回毎回そんな映画見付けるのよ」
 呆れる美由だが千夜は自慢げに、
「タイトルとジャケットがクソ映画っぽいやつほど当たりなんだよ」
 と、言ってのける。
「はあ……」
 冷奈はやれやれと溜め息をつき、美由は話題を変えようとした。
「そういえば千夜、この間男子に告白されてたわよね? どうだったの?」
「ああ、とりあえずお友達からってことで一緒に映画観に行ったんだけど」
「それってデートじゃない! どこまで進んだ?」
「ゾンビが内蔵食べるシーンで相手が吐いちゃって」
「結局それか」
「あんたって色々もったいないわよねー、変人」
「そうかなー、面白かったのに」
「あー、あたしももてたいなー。デートとかしたい!」
「受験生ということを忘れていないか?」
 冷奈はそう言いながらポケットから単語帳を取り出す。
「ま、適当にやってればどこか受かるよ」
「あたしは永久就職希望」
「はあ……」
「おーい、お前ら席につけー」
 ホームルームが始まるチャイムが鳴り、担任教師が入ってくる。
 そんな日常の中、千夜は当然ながら忘れていない。
 ――昨日のあの男は、今も誰を殺してるのかな。

 学校が終わると千夜はバスに乗り、十数分の所にある商店街に向かった。
 昔ながらといった趣のアーケード街にある二階建てのビル、千夜はそこに入ると階段を上がった。
 そして『海戸探偵事務所』というプレートの掛かったドアを開ける。
「こんにちはー、おじさん」
「よう、千夜」
「おう、千夜か」
 デスクに座って書類に目を通している黒いスーツに黒い帽子、黒髪をウェーブさせ、サングラスをかけた一見胡散臭い男は海戸十夜。彼は千夜の母方の叔父だ。
 ソファでタバコを吸う、金髪を伸ばしっ放しにした柄シャツ姿の男の方は借金取りで、鷺沼征一という。
「鷺沼さんも来てたんですね。おじさん、まだお金返せてないんだ」
 そう言って、千夜は笑う。
「ああ、保証人として三百万とっとと払ってもらわねえとな」
 灰皿に煙草の吸殻を押し付け、彼はニヤリと口角を上げた。
 ほぼ毎日のようにここを訪れては煙草を吸い、無茶な取立てをするわけでもなく下らない話をしては帰っていく男。
 ――鷺沼さんって暇なのかな。それか友達がいないとか?
 そんなことを考えつつ、千夜は彼の隣に座る。
「おじさん、おじいちゃんに返済頼んだら? 全然お客さん来ないし」
「バカ、親父にそんなこと頼んだら殺される」
 海戸は溜め息をつく。
「俺は誰が返済しようが構わねえぜ」
「お前はあのジジイの怖さを知らねえから言えんだよ。しっかし、あの野郎、親友だと思ってたのになあ」
「ま、返済はお早めにっと。俺は他のとこも回んなきゃいけねえから行くわ」
 鷺沼はポケットに手を入れて立ち上がり、ひらひらと手を振って去っていった。
「鷺沼さんも大変だね」
「いや、大変なのは俺の方だっての」
「ほいほい保証人になんかなるおじさんだって悪い。そうだ、いっそマグロ漁船に乗っちゃえば?」
「俺がいないと困るのは、お前だろ」
 海戸は立ち上がり、千夜に歩み寄る。
 彼の手が頬を撫でると、その体が微かに強ばった。
 海戸の唇が千夜のそれに触れ、こじ開け、舌が侵入する。
「ん、う……」
 海戸の舌に口内を犯され、千夜は息もできないでいた。
「は……」
 激しい口付けが終わると、二人の舌の間を唾液の糸が引いた。
 キスだけで千夜の頭はぼーっとし、身体は火照ってしまう。
 海戸の手が千夜の赤いネクタイを解き、ブラウスのボタンを外していく。
 千夜は、抵抗しない。
 ピンクのブラをずり下ろすと、豊満な乳房が露わになった。
 彼はそれを優しく撫でる。
「相変わらず、でけえ乳だな」
「ん……」
 手付きがいやらしくなっていき、柔い双球をゆっくりと揉み始める海戸。
「はあ……、おっぱい、きもちい……」
 千夜は甘い吐息をつき、愛撫を受け入れる。
 二人がこのような関係になったのは、千夜の母が他界してから数日が経った時のことだった。
 海戸の大きな手が、パン生地でも捏ねるかのように巨乳を揉みしだいていく。
「あ……、は、ん……」
 千夜はきゅっと目を閉じ、身体の奥からじわじわと湧き上がってくる快感を享受した。
 ぷくんと勃ち上がった乳首を摘まれ、その身体がビクンと跳ねる。
「ほんと、乳首弱いよな、千夜は」
 海戸はニヤリと笑うと、突起を指で転がした。
「あっ、ああっ、んんっ!」
 千夜の口から嬌声が漏れ、瞳は涙で濡れ始める。
「ひゃっ!」
 乳首をきゅっと引っ張られ、千夜は悲鳴を上げた。
「はあ、やらしい身体になっちまって」
「おじさんの、せいだよ……」
 そう言いながら、太ももをすり合わせる。
 海戸は千夜のスカートを捲り、じわりと湿ったパンツを撫でる。
「ああ、俺のせいだ。こんなに濡れるようになったのもな」
 海戸はその下着を取り去ると、薄く毛の生えた恥丘とピンク色の割れ目を見つめた。
「他のやつとは、セックスしてねえな?」
「うん、してないよ……」
「いい子だ。誰彼構わずやらせるんじゃねえぞ。俺以外とはするな、危ない奴だっているからな」
「うん、分かってる」
 千夜が頷いたのを確認し、海戸は人差し指を秘唇に挿入する。
「ふうん……っ」
 甘い息をつき、千夜はきゅんきゅんと膣を締め付けた。
「指だけで、そんなに感じてんのか?」
「か、感じてる……、中、くちゅくちゅされるの好きい……」
 海戸以外は知らない千夜の淫らな顔。
 誰も想像できないだろう、この聡明な少女がセックスに依存しているなどとは。
 指を二本に増やして、膣内を広げるようにぐるりと掻き回す。
「あっ、あんっ! 今、ぞくってしたあっ!」
「お前の弱いとこだからな」
 今度は指を激しく抜き差しする。
「ひゃっ! ああっ、あっ!」
 ぐちゅぐちゅと卑猥な水音を立てて、千夜は淫水を飛び散らせながら身体を震わせた。
「感じ過ぎだろ、お前」
「らって、おじさんの指があ……っ」
「指でこんなになっちまって、ちんこ突っ込んでも大丈夫か?」
 海戸はズボンのチャックを下ろし、勃起したグロテスクな赤黒い巨根を取り出す。
 千夜はぽーっとした表情で、
「大丈夫だから、おじさんのおちんちん、早くちょうだい……」
 と、頷く。
「分かった、力抜いてろよ」
 亀頭をそこに当てがい、海戸はぐっと腰を押し付けた。
 ぬぷんっと音を立て、熱い肉棒が膣壁を押し広げて進んでいく。
「ひうっ! おっきいの、きてるうっ!」
 千夜は蕩けたような表情で叫ぶと身を捩った。
 海戸は千夜の腰を掴み、ガツンガツンと無遠慮に打ち付ける。
「はあっ、あっ! 奥まで、気持ちいひっ!」
 熱く絡み付いてくる肉襞に翻弄されるペニスはどんどん硬くなり、子宮を押し上げた。
「ふああ、おじさん、もっとお……っ!」
「ったく、このエロガキめ……っ!」
 海戸のこめかみを汗が伝い落ち、床に落ちる。
「く……っ」
「あっ、ああーっ!」
 海戸が一際強く突き射精すると、千夜も達して悲鳴を上げた。
「ふう……」
 少女の子宮に白濁液を出し尽くした海戸は、萎えたイチモツを抜き去った。
 こぽり、と精液が膣から溢れ出す。
「制服、汚れないように気を付けろよ」
「うん……」
 千夜はぼんやりと頷いた。
「千夜」
「うん?」
「俺なんかとセックスしてていいのか?」
 海戸は千夜に背を向けて茶を入れながら問いかる。
「おじさん、優しいから。それに自分が言ったんでしょ、他のやつとするなって」
「ああ……」
 海戸は葛藤する。
 自分は千夜の叔父で、一回り以上年上で、借金もある駄目な男だ。
 しかし、一人の男として千夜を愛している。
「なあ」
「ん?」
「夕飯、食べてくだろ?」
「うん、食べてく」
 ふにゃりと微笑む千夜を見て、海戸も小さく笑った。

 翌日、六時間目の授業が終わった千夜は「うーん」と伸びをした。
「この後どうするかなー」
 六時間目は選択授業で、音楽を取っている千夜は特に話す相手がいない。ちなみに美由は美術を、冷奈は書道を選択している。
 鞄は持ってきているため、教室に戻る必要もない。千夜はこのまま塾へ向かうことにした。
「たまには自習室で勉強してもいいかもね」
 そう呟き、階段をとんとんと降りていく。
 音楽室のような普段使わない教室は北校舎にある。二階へと下りる途中、千夜は踊り場で蹲っている女子に気付いた。
「大丈夫?」
 千夜は彼女に声をかけた。
 こちらを向いた柔和な雰囲気の少女の顔は、紙のように白くなっている。
「顔色悪いよ、保健室行く?」
「ありがとう、大丈夫……」
 掠れた声で返す彼女は、話したことはないがクラスメートのようだ。
「えっと、香川さん?」
 確か、香川弓子だったはずだ。
「ええ、海戸さん」
 弓子は弱々しく微笑む。
「ちょっと貧血を起こしただけだから、気にしないで」
 本人がそう言うのなら、千夜が気にすることではない。
「じゃあ、お大事に」
 そう言って千夜は踊り場を後にしたが、どうも気に掛かる。
「うーん……」
 千夜は手洗い場に入ると、ポケットから取り出した水色のハンカチを濡らした。
 そして、弓子の元へ戻る。
「お節介かもしれないけど、これ額に当てたら少しはすっきりするかも」
 まだ蹲っていた弓子にハンカチを差し出すと、彼女は目を瞬かせ、
「ありがとう」
 と、それを受け取り額を冷やした。
「気にしないで」
 千夜はしゃがみ、弓子の頬に触れた。
「熱っぽくはないね。やっぱ貧血か」
「ええ」
 弓子は長い黒髪を揺らし、頷いた。純和風美少女といった感じである。
「海戸さん」
「ん、何?」
 何が起こったのか、一瞬分からなかった。
 弓子の顔が近付き、唇が千夜のそれに触れる。
 さすがの千夜も、反応ができなかった。
「ごめんなさい」
 弓子は真剣な顔でそう言うと、ふらつきながら立ち上がった。
 千夜は、言葉を返せない。
「本当に、ごめんなさい」
 弓子はもう一度謝罪すると、ゆっくりとだが階段を上がっていった。
「いや、うん……」
 弓子の姿が二階に消えてから、千夜は唇を押さえた。
「アメリカ人の、挨拶的な?」
 ――じゃ、ないか……。
 弓子の表情は真剣そのものだった。
 あれは、純粋な好意からくる口付けに思えた。
「うーん……?」
 千夜は背中を壁に預け、その場に座り込む。
 ハンカチのことなど、すっかり忘れていた。

 翌日、教室に入った千夜は妙な雰囲気を感じ取った。
 生徒たちはどこか深刻な顔をし、声を落として喋っている。
 その様子に千夜は首を傾げ、先に来ていた二人の元に駆け寄った。
「ねえ、何かあったの?」
「なあ、千夜は香川と喋ったことあったか?」
 美由がいつもより小さな声で尋ねる。
「香川さん、か……。昨日ちょっと話したよ」
 キスされたとはさすがに言えない。
「昨日、亡くなったそうだ」
 冷奈の言葉に、千夜は目を瞬かせた。
「そういや具合悪そうだったけど、病気?」
「いや、殺された、らしい」
「ええ、殺されたって……」
「あたし、日直だったから職員室行ったんだけど、東尾が話してた。なんか、酷い有様だったって……」
 担任教師の名を出し、顔を顰める美由に千夜は「そっかあ……」と言葉を返す。
 クラスを支配する重い空気はそのせいらしい。ただ死んだのではなく殺された。
 しかし、涙を零している者はいなかった。彼女はクラスに友人というほどの者がいなかったのかもしれない。
 千夜自身、悲しいというより驚いたという気持ちの方が強かった。

 その日の放課後、弓子の通夜が行われた。
 学校の近くの葬儀場で行われた通夜には制服で行くのが好ましいとのことで、ほとんどの生徒たちがそのまま来ている。千夜たちもそうだ。
 前方のパイプ椅子には親類であろう大人たちが、後方には三年一組の生徒や教師たちが座っている。
 ――お母さんのお通夜を思い出すな。
 千夜はふと思った。
 母の通夜や葬儀は祖父に任せきりで、千夜はただぼんやりとその光景を眺めているしかできなかった。
 ――でも、あの時ってこんな感じだったっけ。
 母の通夜ではすすり泣く声が聞こえてきた気がするが、今はただ読経の声が響くだけだ。
 どこかピリピリした空気すら感じ、千夜は居心地の悪さを覚えた。
 焼香の順番も淡々と過ぎて行き、通夜は終了する。
 黒い額縁の中で静かに微笑んでいる弓子が、印象的だった。
 千夜は自らの唇を撫でる。
 ――結局、あの時のキスの意味は分からず終い、か。
「この後、どうする?」
 少しボーッとしていたところを美由に声をかけられ、我に返った千夜はパイプ椅子から立ち上がった。
「ああ、どうしようか」
「とりあえず、ここを出よう」
 冷奈も居心地の悪さを感じていたのかもしれない。
「うん」
 葬儀場を出ようとして千夜は足を止めた。
「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくる」
 そう告げ、廊下を戻る。手洗い場は会場を曲がった所にあったはずだ。
 角を曲がろうとした時「何でこんなことに」という声が聞こえ、千夜は足を止めた。
「私だって分からないわ」
 続く言葉からも深刻な話のようで、姿を現しづらくなった千夜はこっそりと覗くことにした。
 声の主は喪服姿の弓子の両親だ。
 ――香川さんのこと、悲しんでるのかな。
 通夜の席では気丈に振る舞い、涙を見せなかっただけかもしれない。
「あの子が妊娠してたなんて」
 神経質そうな顔立ちの母親の言葉に、千夜は上げそうになった声をなんとか飲み込んだ。
「こんなこと、我が家の恥だぞ。親戚連中も内心笑ってる」
 生真面目そうな父親が、ぎりっと奥歯を噛み締める。
「本当に、あの子は何を考えてたのかしら。死んでまで迷惑をかけて」
 そこまで聞いていた千夜はいたたまれなくなり、手洗い場には行かずに友人たちの元へと戻った。
「立ち止まってたけど、どうしたんだ?」
 長い廊下だ、二人に声は聞こえなかったのだろう。
「いや、やっぱり今はいいやと思って」
 千夜は取り繕うようにそう言った。
「とりあえずファミレスでも寄ってく?」
「うん」
 美由の言葉に、千夜は頷いた。

 ファミレスで夕飯を済ませた千夜は帰路についた。
 両親の言っていた通り、弓子は妊娠していたのだろう。あの時貧血と言っていたのは、つわりだったのだ。
 ――でも、誰の……。
 考え込んでいた千夜は、後ろから男がつけてくるのに気が付いていなかった。殺人鬼のことなど、半ば忘れていた。
「警察に通報しないでくれてありがとう」
 後ろからの声に、千夜ははっとする。
「貴方は……」
 街灯に照らされた茶髪に白いジャケット、そしてこちらを見つめる暗い瞳。
 ――あの時の、殺人鬼……。
 千夜はとっさに走り出そうとした。
 だが、殺人鬼の手が千夜の腕を掴み、強い力で引き寄せる。
「やっと会えたね、千夜」
「何で、名前……」
 千夜は掠れた声で問いかける。
 だが、殺人鬼はその問いには答えない。
「俺の名前は水上圭。現代の切り裂きジャックってやつだ。よろしく」
 その優しい声音が、不気味に響く。
「俺と君はもうお友達だよ。君は俺のことを警察に通報しなかった。それに……」
 水上はニヤリと笑った。
「君だって、人を殺したいんだろう?」
 千夜の体が固まる。蛇に睨まれた蛙のように。
「そんな、ことは……」
「分かるんだよ、目を見れば。君だって俺の目を見て感じただろう? 殺意とか狂気とか、普通の人間とは違うものを」
 確かに、その目に深い闇が見えるのは事実だ。
 千夜は気圧されたように一歩下がった。
「私は、まだ……」
「ああ、君はまだ殺していない。それに迷ってる。だけどいつか、こちら側に来る」
 水上は一歩、足を踏み出す。
 千夜は退かなかった。だが、彼の瞳からは目を逸らす。
「そうやって目を逸らしていたら、自覚しないまま飲まれてしまうよ、闇に」
 水上は千夜の顎を掴み、自分の目を見つめさせる。
 千夜はされるがまま、目を閉じることもしなかった。
「そう、それでいい」
「どうしたいんですか、貴方は……」
 千夜の声は、もう震えていなかった。
「一つ、頼みがあってね」
 水上は微笑んだ。
「俺の濡れ衣を晴らしてくれないかい?」
「濡れ衣?」
「そう、君のクラスメート、香川弓子殺しの濡れ衣をね」
 千夜はその名前にピクリと反応する。
「まだ発表はされてないけど、警察はあの事件も俺がやったと思ってるようでね。なんせ手口が似てるからな。でも、その子だけはやってないんだよ。俺が殺すのは売春してる子だけだからね、現代の切り裂きジャックだし」
「何で私に頼むんですか? 私はただの女子高生ですよ」
「そうだな、君が俺のことを通報しなかったのと同じじゃないかな」
「え?」
「事件を解決した君が、どうなるのか見たい」
「分かりました、やります」
 千夜は水上の目をまっすぐに見つめた。
「ありがとう、俺はそろそろ行くよ。あんまりのんびりもしていられなくてね」
 水上は千夜に背を向けると、片手を上げた。別れの挨拶のつもりらしい。
 千夜は息をついた。
「とにかく、帰ろう」
 千夜は小走りでマンションに向かった。
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  1. 2017/05/13(土) 19:42:10|
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