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小説『殺し屋狂騒曲』

 晴天五話、時雨再登場回です。殺し屋志願の少女蜜実。
※4/8、蜜美のキャラクターを少し変更しました。


『殺し屋狂騒曲』

「最近はあちらの仕事が減りましたね」
 休日の朝、ワイシャツにスラックス姿の時雨はソファでコーヒーを飲みながら呟く。
 藍澤時雨――表向きの職業は医師、裏の顔は殺し屋だ。
 小ざっぱりとしたマンションの一室に、来客を告げるインターホンの音が響いた。
「どちら様ですか?」
 カップをローテーブルに置き、液晶パネルに問いかける。
 映っているのは紺色のワンピースを着た黒髪をツインテールにした少女。愛らしい顔立ちだというのに、怒りの表情が癖になっているように見えた。
「呉羽からの伝言があるわ」
 ――呉羽……。
 その名前を聞いた時雨の精神がピリリと引き締まる。
 仲介屋として裏社会で暮らす男の名だ。
「今開けますよ」
 玄関に向かい、ドアを開けた瞬間だった。
 キインッと金属同士がぶつかり合う冷たい音。
 細身のナイフが空を切り、少女の後ろの壁に突き刺さった。
 彼女の袖口から飛び出したそれを時雨のメスが弾いた。一秒にも満たない間のことだった。
「呉羽さんからの伝言を伺いましょう。入ってください」
 時雨は手の中でくるりとメスを回すと、少女を部屋に招き入れた。

「どうぞ」
 ソファに掛けた少女の前に、時雨はコーヒーを置く。
「悪いわね」
 優雅な仕草でそれを一口飲んだ少女は、小さく息をついた。
「あの男から貴女のところに行けと言われたわ。殺し屋になるためのイロハを学べと。私の名は花園蜜実、殺し屋志願」
 時雨は肩を竦めた。
「私は依頼人に騙され、半ば干されているような身ですよ。そんな人間を師として宜しいので?」
「信頼できる人間だからって言われたのよ。あたしだって納得してないわ」
「信頼、ですか」
「それと、課題も出されてるのよ。あの呉羽って何様のつもり?」
 蜜実が手渡した写真と書類。その相手のことは、時雨も知っていた。
「この男を殺すことができれば、プロとして認めるなんて」

 深夜か明け方か判別もつかないような時間、海岸沿いを走るのは一台のレンタカーのみとなっていた。
「ふー、こんなに遅くなるとはな」
 運転席でハンドルを握っていた晴海は溜め息をついた。
「全くだ、数だけは多い相手だった」
 旭雄は助手席で腕を組み、眉間に皺を寄せる。
 受けた依頼は毎夜たむろする暴走族を何とかしてほしいというものだった。
 少年たちは騒ぎ、喧嘩をし、チキンランのような危険行為にも興じていたらしく、軽く『こらしめて』やった帰りだ。
「若さと無謀さは紙一重ってとこか、チキンランとか俺にはできねえよ」
「本気でやる方がおかしいんだ」
「それもそうか……、って、あぶねえ!」
 前方に二つの影が立っていることに気付いた晴海は、慌ててブレーキを踏んだ。
 キキーッと不快な音を立て、車はギリギリのところで止まる。
「ったく、こんなとこで何考えて……」
 ライトに照らされて判別できるようになった相手に、晴海は見覚えがあった。
「マジかよ……」
 車から降り、身構えつつ時雨に一歩近付く。
「なにやってんだ、こんな時間に」
「仕事の延長線のようなものです」
 彼女は薄い微笑を浮かべ、白衣のポケットから手を出した。
 真っ直ぐに飛んできたメスを人差し指と中指で受け止めた晴海は、それを投げ捨てた。
「裏の方のってことで、いいんだな」
「ええ」
「あんたに用はないわ。旭雄日文を出して」
 高飛車な口調で、蜜実は鋭い視線を助手席に移す。
 大方のことを察したのか、旭雄は木刀を携え降車した。
「厄介そうだな」
「用があるのはお前だと」
「こちらの蜜実さんは殺し屋志願でしてね。認められるための課題がそちらの旭雄日文さんを殺すことなんですよ」
 その言葉を聞いた二人の表情に、驚きのようなものはない。
「じゃあ何でお前までいるんだ? 課題だってんなら一対一が基本だろ」
「ええ、私は……」
 時雨が晴海との距離を一気に詰める。
「リベンジマッチがしたくて、ね」
 ほぼ同時に、蜜実も旭雄に飛びかかっていた。
 時雨のメスが横一文字に走るのを、晴海は体を落として躱す。
 舞い上がった金色の髪を少量切り裂くだけに終わった時雨、彼女にできた隙を晴海は見逃さない。
 その腕を掴んで捻り、地面に叩き付けようとする。
 だが時雨は受身を取り、晴海の手からすり抜け立ち上がった。
「さすが現役の殺し屋ってとこか」
「二度目はありませんよ。――こちらの方が、ですが」
「お前の方が?」
「同じ相手に二度も敗北する殺し屋を雇う者がいると思いますか?」
「勝った覚えはねえよ」
 晴海はぐしゃりと髪を掻き上げる。
 あれは言うなれば無効試合、水を差されて終わったというところだ。
「私は負けたと思っています。事実あの時点で、私は敗北を悟っていた。――何故でしょうね」
「さあな」
 再び晴海と時雨の距離が縮まる。
 一方旭雄は蜜実の袖から降り注ぐ細身の刃を全て木刀で弾き飛ばすと、彼女に向けて木刀の柄を打ち込む。
 とはいえ蜜実も全くの素人ではない。着地後すぐに後ろへ引き、旭雄の顎目掛けて蹴り上げた。
 間一髪で避けた旭雄の鼻先を、黒い靴の爪先から飛び出した薄い刃が掠める。
「暗器使いか」
「殺し屋にも色々なタイプがいると聞いたわ。派手な殺し方を好む者、気付かずに殺すことを信条とする者……。標的を絞って依頼を受ける者もいるらしいわね。暴力団だけ、とか……」
 旭雄の眉間に皺が刻み込まれた。
「何が言いたい?」
「殺し屋としてあれだけ名を馳せたのにこうやって平和に暮らそうだなんて、覚悟が足りないんじゃないの?」
 ふわりと広がったワンピースの裾。太ももに巻かれたベルトからナイフを掴む白い両手。
 蜜実は旭雄の横を駆け抜けた。
 刃が、旭雄の右腕を切り裂いた。
「くっ!」
 青い和服に滲む赤を、旭雄は押さえる。
「大丈夫か!」
「余所見をする余裕があるのですか!」
 晴海に向けて投げられたメスは避けられたものの、隙を見せた晴海の顎を時雨の回し蹴りが捉えた。
「ぐっ! メスだけじゃねえのかよ……っ!」
「殺しの手段に制限を設けるのは、二流のすることですよ」
 それは晴海に返した言葉であり、蜜実を諭すものでもあった。
「俺はこの程度何ともない! お前は自分の相手に集中しろ!」
「その通りです。こちらに集中してくださらないと……」
 時雨は晴海の首にメスを滑らせた。
「死にますよ、貴方」
 晴海の血が、ぽたりとアスファルトに落ちる。
 首筋を薄く切っただけに終わったが、その傷は時雨が晴海のスピードに追い付いてきている証であった。
「分かったよ、本気でやらなきゃ危ねえのが俺たちの方だってことは」
 晴海はやれやれと頭を掻くと、時雨の腕を掴みガードレールの方へ向かって駆け出す。
「何を……っ!」
 そして時雨の細い体共々、暗い海に向かってジャンプした。
「どういうつもり?」
 蜜実はナイフを構え、ちらりとガードレールの向こうを伺う。
「晴海なりの気遣いだな」
 旭雄はそう言うと、蜜実の方を向いた。
「あいつの前で、本気は出したくない」
 その目付きが変わったことに、蜜実は気付く。
 ゾクリと寒気がするほどの、殺意。
 我に返った時には、彼女の喉元に木刀が突き付けられていた。
「あ……」
 呼吸をすることもできない。それが木刀だと分かっているのに、鋭い刃物を突き付けられているような錯覚に陥る。
「覚悟はしていたさ。人を殺す仕事をしていたんだ。こうやって平和に生きていても、その事実は一生付き纏う」
 その証がこの殺気なのだ、と蜜実は悟る。
 旭雄は木刀を下ろすと蜜実に背を向け、レンタカーへ戻っていった。
 その背中にナイフを突き立てるのは容易なことのはずだ。
 しかし蜜実は動くこともできず、その場に座り込んだ。

 朝日が昇り始めた中、ずぶ濡れの晴海は歩く。
 スーツが水を吸い、身体にまとわり付くのが不快だった。
 そこへ、クラクションが響いた。
「無事だったようだな」
 旭雄がレンタカーの運転席から軽く手を振る。
「あれくらいで死ぬかよ」
 晴海は苦笑し、助手席に乗り込んだ。
「相手の方は?」
「生きてんだろ、悪運の強いやつだからな」
「そうか」
 旭雄は小さく笑うとアクセルを踏み、家を目指した。

「見付けたわよ」
 砂浜に腰を下ろし、朝日を眺めている時雨の隣に蜜実が座る。
「そちらはどうなりました?」
 時雨は彼女を見ることもせず問いかけた。
「負けたわ。あんたはどうなの?」
「逃げられました。泳ぎは不得手なもので」
「そう」
 蜜実は息をついた。
「あれが、プロなのね」
「何か学ぶものはありましたか?」
「決意は、固まったわ」
「ほう?」
「絶対、プロの殺し屋になる」
「では、また彼らと会うことになるでしょうね」
 時雨はそう言うと、どこか楽しそうに目を細めた。
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2017/04/05(水) 15:23:44|
  2. 没小説
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