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小説『はじめてのおつかい』

 晴天三話。みるるが人留探偵事務所におつかいに行きます。


『はじめてのおつかい』

「もしもし。あ、人留さん? ちょっと頼めねえかな」
 居間で電話をしている晴海の声が聞こえ、みるるは『人留』という名を反芻しながら台所に入った。
 ――人留さんって、確か探偵だっけ。
 彼女のイメージする探偵は、やはりシャーロック・ホームズだ。
 高い分析力を誇り、依頼人が持ってきた謎をたちまち解いてしまう名探偵――そんな想像をする。
 ――探偵なら、助手もいるのかなあ。
 皿を洗いながら、みるるは想像力の翼を広げた。
 殺人事件を追う人留探偵は捜査の途中で何度も妨害を受ける。それは殺人犯によるものであったり、悪徳警官からのものであったりと様々だ。
 それでも彼は負けずに真相へと辿り着く。犯人は一番身近な存在である助手だったのだ。
「すごい、かっこいい!」
 自分の考えた粗筋に胸を躍らせるみるる。
 それでも洗浄済みの皿が増えていくのが彼女らしい。
「人留さんってどんな人なんだろう。気になるなー」
 晴海や旭雄でも知らない話があるだろう。探偵には守秘義務というものがあるらしいことはみるるも知っていた。
 ――でもまあ、危険なことが多いのはうちもいっしょか。
 便利屋晴天とてペット探しばかりをしているわけではない。そもそもみるるが人留のことを聞いたのは、晴海が依頼人の罠にはまって命を狙われた時のことだ。
「二人とも大変なんだし、明日もおいしいご飯作ってあげなきゃ!」
 みるるは力強く頷いた。

 その数日後、昼のワイドショーを見ていたみるるに旭雄が頭を下げる。
「すまないが、おつかいを頼めないか?」
「おつかい? いいよー」
「悪いな。晴海に頼まれていたんだが、急な依頼が入ってしまって」
「気にしないで、どこに行けばいいの?」
 旭雄はメモ帳にさらさらと住所を書く。
「人留探偵事務所だ。あの人に会うのは初めてだな?」
 ――この間妄想……、じゃなくて想像した……。
「うん、会ったことないけど……、行ってくるね。旭雄さんもお仕事頑張って!」
「ああ、大事な物らしいから頼む」

 メモによると、人留探偵事務所はバスで二十分ほどの所にあるらしい。
 みるるはバスに揺られながらもう一度メモを見つめた。
 ――大事な物、か。重要な書類とかかな……。
 なんだか重要な仕事を任されたようで、緊張すると共に喜びも感じていた。自分も便利屋晴天の一員として認められたような気がしたのだ。
「あ、次の駅だっけ」
 バスのアナウンスで我に返ったみるるがブザーを押すと、バスは海辺の商店街の近くで停まった。この商店街にある小さなビルの二階が人留探偵事務所のはずだ。
 商店街はさほど賑わっているというわけではないが、寂れているというほどでもない。歩きながら左右を見るが、文房具屋や魚屋、本屋、八百屋と特に変わった店はない。
 二、三分ほど歩いた所でみるるは立ち止まった。
 『二階・人留探偵事務所』と書かれた木製の看板が、簡素な二階建てのビルの入口に貼られている。
「ここだよね。人留さんってどんな人なんだろう……」
 階段を上ったみるるはドアを開けた。
「こんにちは、旭雄さんの代わりに来ましたー」
「やあ、君がみるるちゃん?」
 どこか人を喰ったような笑みを浮かべたその女性は、ショートカットの黒髪が似合う凛々しい顔立ちをしている。ハイネックのセーターとタイトなジーパンに包まれた豊満な体は大人の色気を感じさせた。
 ――胸おっきい。あたしと全然違う……。
「えっと、あの、人留さんですか?」
「私は絆紗々。彼の恋人、かな。晴海君から電話で聞いてる。人留君、みるるちゃんが来たよ」
 紗々が奥に声をかけると、恐らく居住スペースであろう部屋のドアが開いた。
「ああ、分かった」
 ――うわあ……。
 出てきた男を見て、みるるは心の中で悲鳴を上げた。
 人留は190センチはあるだろう熊のような大男だった。紗々と同じく三十路に見える彼はオールバックにした髪と無精髭が妙に似合っており、物凄い威圧感を放っている。
「あ、あの……、みるるです」
 すっかり怯えてしまったみるるは、おどおどしながら言葉を紡ぐ。
「ああ、ちょっと待っててくれ」
 人留は笑顔こそ見せないものの温和な口調でそう言いデスクの抽斗を開けた。
「これだな」
 そして大判の茶封筒を取り出すと、みるるに手渡した。
「ありがとうございます!」
「晴海によろしく言っておいてくれ」
「は、はい!」
 小さな少女はぎこちない動きでお辞儀をすると、人留探偵事務所を後にした。
 ――こ、怖そうな人だった……。
 あの外見なら岩でも素手で粉砕できるのではないか、などと思ってしまう。
 とにかく頼まれた物を受け取りようやく緊張の解けたみるるはほっと息をつき、鞄に茶封筒を入れた。
 ふと八百屋に目をやると、新鮮そうな野菜が並んでいる。
「スーパーよりも安いし、おいしそう」
 買って行って夕飯に使おうかと考えていると、後ろから走ってきた男がみるるの鞄をひったくった。
「あっ、泥棒!」
 みるるは叫び、男を追いかける。
 それほど人の多いわけではない商店街には障害物となる物もなく、男は走り抜けていく。
「待って、それ大事な物なの!」
 それでも、足には少々自身のあるみるるは少しずつ距離を詰めていく。
 商店街を抜けて公園に入った所でようやく追い付き、みるるは男に飛びついた。
「くそ!」
「返してってば!」
 二人して地面に倒れ込み、そのまま鞄に手をかけたみるるだが、男はポケットからナイフを取り出し手を振り上げた。
「わっ!」
 彼女は目をつぶる。しかし鞄からは手を離さない。
 ――刺される!
 覚悟したみるるだったが、いつまで経っても痛みはなかった。
「……?」
 恐る恐る目を開ける。
「暴れるな!」
 人留が男の手を掴んでいた。そして見た目通りの力で投げ飛ばすと、地面に叩き付けられた男は気を失う。
「まったく……」
 人留は視線をみるるに移すと溜め息をついた。
「お前も無茶をするな。相手がナイフを出して来たら、鞄から手を離せ」
「す、すみません……。でも、大事な物って言ってたから」
「大事な物かどうかはともかく、晴海が言っていた通りの子だ。よく分かった」
「え?」
 人留は穏やかな表情を浮かべる。
「自分より人のことを考えて、他人のために一生懸命になれるやつだ、と言ってたぞ」
「晴海さんが、そんなことを……」
 ――晴海さんはあたしのこと、そんなふうに思ってくれてたんだ……。
「そうだ、俺はこれを渡しにきたんだ」
 人留は思い出したようにポケットからピンクの財布を取り出した。
「うちに落としていったみたいでな」
「あ、すみません! ありがとうございます!」
 みるるは頭を掻き、それを受け取った。
 人留に対する恐怖心のようなものも、もうなくなっていた。

「ただいま!」
 みるるは日本家屋の引き戸を開けた。
「おう、おかえり。どこ行ってたんだ?」
 晴海も先程帰ってきたばかりといった様子で、水を飲みながら居間から顔を出す。
「人留さんのとこ。旭雄さんが急用入ったから代わりに行ってきたの」
 それを聞くと晴海は飲んでいた水を噴き出した。
「どうしたの?」
「いや、あいつ、お前に頼んだのか……。中は見てねえよな?」
「見てないけど、そう言われると気になるなー。見ちゃえ!」
「だー! 待て待て待て!」
 廊下を駆けてきた晴海より、みるるの方が早かった。
 中に入っていた本の表紙を見た彼女の頬が真っ赤に染まる。
「晴海さんのバカー!」
 みるるは裸の女が表紙を飾っている雑誌を晴海の顔面に投げ付けると、ドスドスと音を立てて自分の部屋へ向かう。
「この女優もう脱がねえから貴重なんだよ……。ってか、みるるに頼むか、旭雄のヤロー」
 そんなことになっているなどと知らない旭雄は、ミケを探しながらくしゃみをした。
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2017/04/04(火) 19:59:39|
  2. 没小説
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