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小説『墓前の花』

 晴天二話。八義組の若き組長からの依頼。


『墓前の花』

 ――嫌な予感はしてたんだよ。
 晴海は内心呟いた。
 電話で依頼を受け、指定された住所に行くと立派な屋敷、そして門には『八義組』という大きな表札。
 広い座敷で正座している晴海の前には、彼らとそう変わらない年の茶髪の男が胡座をかいている。
 更に両サイドには、十人ずつの明らかにカタギとは思えない男たち……。
 ――これって、あれだよな。ヤの付く方々……。
 両サイドからの威圧感に、冷や汗が頬を伝う。
 ――まあ、ヘマさえしなけりゃ小指も無くならねえはず……。
「随分緊張してんな」
 晴海と対峙する若き組長、八義竜司はニヤリと笑い口を開いた。
「あ、ああ。依頼ってのは……」
 晴海は身を固くして問いかける。
「危ないことじゃねえ。その前に、お前ら、ちょっと出とけ」
「しかし五代目!」
 男たちは身を乗り出すが、八義がドスの効いた声で、
「いいから出てろ」
 と言うと、渋々座敷を後にした。
 人口密度が一気に下がり、空気が軽くなる。
 晴海は腹を括ったように拳を握り締めた。
「で、用件は何なんだ、八義さん」
 八義はカラッとした笑顔で――こうして見ると普通の好青年だ――依頼内容を口にする。
「簡単なこった。俺の両親の墓前に、毎年俺より早く花を供えてる奴が誰か知りたい」
「両親の墓前に、花?」
 晴海は言葉を切り取り、繰り返す。
「ああ、俺が高校生の時に死んだ両親だ。命日には朝一で花供えに行ってんだが、毎年俺より早く供えてる奴がいやがる」
 晴海は頭を掻いた。
「んなこと言ったって、子供より先に花供えようってぐらい大事に想ってんのは親ぐらいのもんじゃねえのか?」
 つまり、八義の祖父ではないのか。
 だが、八義は首を横に振った。
「俺のじいさんはまだ、親父とお袋を許しちゃいねえよ」
 八義はそのまま言葉を続ける。
「八義組は義理と人情を大事にする組だ。カタギに迷惑はかけねえ、薬にも手は出さねえ。昔気質な極道だ。でもそんなやり方を頑固に貫いてきたからか組員も二十人程度、小さな組だよ」
 どうやら先程までいた男たちが全ての組員らしい。
「じいさん、つまり四代目もそんなタチだった。組員にも慕われてたよ。ただ、娘にもそれを強要した」
「あんたのお袋さんに、か?」
 その問いに八義は頷く。
「ああ、カタギの奴じゃなく組の奴と結婚しろってな。カタギの奴を無理に組に引き入れるような真似するんじゃねえって」
 そこで、一呼吸の間があった。
「でもお袋は、大学で知り合った男と恋に落ちて、駆け落ちしちまった。それで生まれたのが俺だ」
「それで、四代目は?」
「探しに探したさ。でも見付からなかった。親父とお袋が、事故で死ぬまで。新聞記事で居所を知ったじいさんは俺を引取りにきたよ。でも、俺は拒んだ。親父とお袋のことは、まだ許してねえなんて言いやがるもんでな」
「ああ……」
「でも、毎日毎日来やがるんだ。どうしても一緒に暮らしたい、お前は家族なんだって、カタギを組に引き入れないという掟を破って頭下げに来たんだ……。根負けして、高校を卒業した後八義組に入ったよ。組員みんないい奴だった。俺のことを、家族みたいに扱ってくれた」
 八義はそこで茶を飲んで一息ついた。
「いつの間にか、憧れてたよ。義理と人情を大事にしてる組の奴らにも、そいつらに慕われてるじいさんにも。俺も、しっかり八義組の一員になってた」
 語る八義は、どこか照れくさそうだった。
「去年俺が五代目を継いだ時も、誰一人文句言わなかったんだ。こんな若造が組長になるっつーのにな」
 晴海はいつの間にか八義の話を真剣に聞いていた。だからこそ、こう思う。
「口では許さねえなんて言ってても、子供を想わない父親なんていねえだろ。やっぱりじいさんなんじゃ……」
「それはねえんだ」
 八義はきっぱりと言い切った。
「俺が五代目を継いだのは、じいさんが死んだからなんだよ」

 八義の両親の墓はバスで二時間程度、晴空市外にあった。
 あまり建物もなく、緑の多い良い場所だ。
「じいさんが死んだ二ヶ月後の命日にも花が供えられてた、か」
 晴海は呟き、八義の両親の墓の前で手を合わせた。
 四代目だとしたら、幽霊が墓参りをしたことになる。
「にしても、こんなこと俺たちに頼まなくたって簡単にできる、自分でよ」
 晴海が呟いた時、寺の住職がゆったりとした歩調で歩いてきた。
「あんたかね、話を聞きたいと電話してきたのは」
 穏やかそうな住職は、話すペースもゆったりしていた。
「ああ、この墓に毎年花を供えに来てた奴について、聞きてえんだけど」
 住職はほっほっほっと笑う。
「あの青年のことか。毎年来ててのう、成長していくのがよく分かる」
「や、そいつじゃねえんだ。そいつの前に来て、花を供えてた奴、知らねえか?」
「おお、あの人のことかね。何度か話したこともある、よく知っとるよ」
 晴海は「え」と声を上げた。

 翌日、再び八義組を訪れた晴海は同じ座敷に通された。
「花を供えてた奴が分かった」
 開口一番にそう言った晴海に、八義は身を乗り出す。
「本当か! 教えてくれ!」
 だが、制するように口を開く。
「明日が、命日なんだろ」
「そうだが……」
 戸惑いを見せる八義を見て、晴海は真剣な声音で告げる。
「怖かったんだな、真実を知るのが」
 八義は数秒間黙り込んだが、諦めたように頷いた。
「ああ、じいさんがしてるもんだと、思いたかった。親父とお袋のこと、ほんとは許してるもんだと思いたかった」
「だからこそ、本人に訊けなかった」
「否定されるのが怖かった。いつか訊こうと思ってるうちに、じいさんは逝っちまったけどな。でも、死んじまった人間が花なんて供えられるわけがねえ。じゃあ、今までのもじいさんがやったことじゃなかったってことだ。そう思うと、自分で確かめるのが怖くなっちまった」
「それでも俺たちに依頼したのは、知りたかったからなんだろ。真実を」
「ああ」
 八義は強く頷いた。
「それなら、明日一緒に張り込むぞ。自分の目で確かめろよ、五代目として」

 夜中、八義はジャケットを羽織った。
 屋敷を出ると、部下の河田が車を用意して待っていた。
「墓参りぐらい、一人で行くさ」
 八義は笑い、河田の横を通り過ぎる。
「しかし五代目……」
 八義は立ち止まり、背を向けたまま話しかけた。
「お前は古株で、俺がここに来た時はたくさん世話をかけちまったな」
「五代目……」
「俺の不安も愚痴も聞いてくれた。俺がここまで来れたのも、お前のおかげだ。でも」
 そして振り返って笑う。
「俺ももう大人だ。心配すんな」
「へい!」
 河田は深く頭を下げた。
「じゃあ、行ってくる」
 八義は晴海との約束の場所へ向かって歩き出した。

 朝の五時、草叢に二人は隠れていた。
 空が白み始め、朝日がやって来た人物を照らす。
 背を向けているため、はっきりと顔が分からないその男は墓の掃除をし、花を供える。
 それを八義は黙って見つめていた。少しずつ、その正体に気付き始めていた。
 男が振り返り、それは確信に変わった。
「河田!」
 草叢から飛び出す八義。晴海もそれに続き、黙って二人を見つめた。
「お前が、やってたのか? 毎年、俺より前に花を……」
 震える声で問いかける八義に、河田は首を横に振る。
「いえ、五代目……」
「こんなに早く、精が出ますなあ」
 場に似合わぬ、穏やかな声。住職がにこにこと微笑みながらやってくる。
「なんならお茶でも飲んで行きなさい。あんたとも、話がしたい」
 そう言って、八義を見つめた。

 三人はお堂に通され、茶を出された。
 しかし八義は落ち着かない様子で、一口飲むと口を開いた。
「単刀直入に訊くが、これは……」
「この人は確かに毎年来ておった」
 住職は湯呑に手を付けてすらいない河田を見た。遠慮なく茶を飲んでいるのは晴海だけだ。
「じゃあ……」
 八義の言葉を、住職は遮る。
「しかし、一日の最後じゃ。二人分の花が供えられているのを見て、安心したように自分も花を供えとった。ただ、去年は朝早く来ておったのう」
「去年、は?」
「一昨年まで、朝一番に来とったのはあの仏様のお父上。あんたのおじいさんじゃよ」
 八義は目を大きく見開き、身を乗り出す。
「じいさんが!」
「ああ、毎年朝早くに来て、掃除をして花を供えておった。よく話したもんじゃ」
「どんな、話を……」
「親より先に逝っちまうなんて、最後まで親不孝な娘だ、と」
「そうか……」
「それに、泣きそうな顔で言っとったのう。あの時許してやっていれば、こんなことにはならなかったのに、とも」
 八義の瞳に、涙が浮かぶ。
 河田は八義に向かって土下座をした。
「黙っていて申し訳ありませんでした! 四代目は頑固なお人でした。だから、照れくさかったんです。亡くなられる前に、これからは自分の代わりに花を供えてくれとおっしゃって……」
「頭上げろよ、馬鹿」
 八義はそう言って、涙を堪えるように上を向いた。
「ったく、ほんと頑固なじいさんだぜ。早く言えよな、そうしたら……」
 そして、墓の方を見つめる。
「一緒に墓参り、できたのによお……」

 晴海はお堂を出て、墓石の間を歩いていた。
「八義さんたちは住職にもう少し話を聞いていく、か。じいさんのこと、もっとよく知れたらいいな」
 そう呟いて振り返り、八義の両親の墓に目をやった。
「ん?」
 一瞬、まだ若い八義と元気そうな老人の姿が見えたように思えたが、きっと気のせいだろう。
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2017/04/04(火) 19:58:28|
  2. 没小説
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