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小説『ヒーローを覚えてる』

 ヒロイックラプソディー1話です。
 謎の少女に助けを求められた時、喧嘩屋の太刀風はヒーローになる――そんなお話です。
 紗々、人留、首縄も。
※3/21、誤字の修正をしました(想像→創造など)。


『ヒーローを覚えてる』

 ――子供の頃、親父と観に行った映画のヒーローに、憧れたんだ。
 金色の髪を短く切り、サングラスに開襟シャツという格好の青年は倒れ込んだ男の顔を蹴り上げた。
 ――正義のために見返りも求めず、悪と戦うヒーローになりたかった。
「ゆ、許してくれ……」
 口の中を切った男は血を吐きながら命乞いをする。
「ああ、行けよ。ただしあの女にはもう付きまとうな」
「は、はひい!」
 這って逃げ出す男を見送ると、彼、太刀風征助は舌打ちをした。
 ――今の俺は、そんなヒーローから程遠い。
 父は共に映画を観に行った翌日、借金を残して蒸発した。
 そこからは、生きるために必死だった。
 そして行き着いた先が、喧嘩屋のような仕事だ。
 付きまとってくる男を何とかしてほしい、という若い女の依頼を終わらせた彼は息をついた。
 見返りを求め、相手がどんな人間であれ暴力を以て解決する。
 ――あの頃の俺が今の俺を見たら、どう思うんだろうなあ。
 ほんのすこし感傷的になっていた太刀風は、空腹を告げる腹の音で我に返る。
「そんなこと考えてる暇はねえ、か」
 仕事をして、腹を満たして、寝て、生きる。
 そのためには、行動に見返りを求めねばならない。
 太刀風は夜の歓楽街を離れ、住宅が並ぶ中一軒だけ建っているコンビニに入った。
 パックされたにぎり飯を三つとペットボトルの茶を買い、車の止まっていない駐車場の車止めに腰を下ろす。
 味気のない夜食はいつものことで、温かい食事など思い出せない。
 袋を地面に置いたまま、星空を見上げる。
 ――あの映画のヒーローって、結局どうなったんだ?
 映画はシリーズモノで、あれから映画館に行く余裕など無かった太刀風は、彼のその後を知らずにいた。
 今も世界を守っているのか、はたまた悪との戦いを終えて平和に暮らしているのか、全く分からない。
「今度、DVDでも借りてみっか」
 そんなことを今になって考えてしまうのは何故なのか。
 心の奥底にはいつもヒーローが存在していたのだ。ただ、それから目を逸らし、生きることに必死になっていただけだった。
 ――だから、何だ。
 思い出したところで何も変わりはしない。
 明日も明後日も、依頼を受けて人を殴って蹴って、金を貰って飯を食い、寝る。
 それが太刀風にとって生きるということだ。
 そこに変化が生まれることなどない、そう思っていた。
 ガサリ、と袋が擦れる音がする。
「ん? あ、おい!」
 太刀風は、勝手に袋を漁っている少女の手を掴んだ。
 銀色の髪をショートカットにした少女は、こてんと首を傾げた。
「おにぎり、一個くんない?」
 大きなグリーンの瞳が、太刀風を写す。
「くんないってお前、金持ってねえのか?」
 それは愚問だった。
 少女が纏っているのは一枚の毛布だけ、その間から覗く小さな胸がそれ以外を身に付けていないことを語っている。
 ホームレスか、ホテルで男に服や荷物を持ち去られた売春少女、といったところだろう。
「うん、持ってない。腹すごく減ってんの。一個でいいから、くれよ」
 予想通り一文無しの少女は、勝手にシーチキンのにぎり飯を手に取る。
「ったく、好きにしろよ。一個だけだからな」
 太刀風は溜め息をつき、袋に残った最後のにぎり飯に口を付けた。
「ん、サンキュ」
 彼女は礼を言うと大きく口を開け、飯を頬張る。
 空腹の度合いがよく分かる食べっぷりだ。
 ――もう一個ぐらい、やれば良かったか……。
 そんなことを考えた太刀風だったが、半分以上食べてしまったものを差し出すのも気が引けた。
「はー、おいしかった!」
 少女は満面の笑みを浮かべると立ち上がった。
「行くのか?」
 その格好でどこへ行くつもりなのか、と他人事ながら心配になる。
「うん、見付かる前に逃げねーとさ」
「逃げる?」
 不穏なものを感じ取った太刀風は、眉間に皺を寄せた。
 ――面倒なことになりそうだし、やっぱ深入りしねえ方がいいな。
 もし警察から逃げているなどということなら、巻き込まれるわけにはいかない。太刀風自身、合法な仕事をしているわけではないのだ。
「もう、あそこには戻りたくねーし」
 少年のような言葉遣いの少女の顔に、影が差す。
「そうか、じゃあな」
 これ以上彼女に何かしてやる義理もない。太刀風はペットボトルの茶を飲むと、「サンキューな、兄ちゃん」と言って背を向けた少女を見送る。
 よく見れば、少女は靴も履いていない。
 ――あんな格好で、ガキ一人がどれだけ逃げられるってんだ。
 ホームレス仲間に売春をさせられているのか、監禁でもされているのか、その辺りだろう。
 ならば、自分に何ができるというのか。
 ――仮にホームレスなり監禁している相手なりを殴って解放してやったとしても、その先どうやって生きていくってんだ。
 行く宛も金も無ければ、結局まともな生活などできはしない。
 パタパタと響いていた少女の足音が、消えた。
「見付けましたよ」
 その前に、スーツ姿の男が立ちはだかっていた。
 眼鏡にオールバックの黒髪、冷徹そうな空気を纏った男は彼女の腕を掴む。
「離せよ!」
「付いてきてもらいます」
 ――あれは警察の人間じゃねえな。ホームレスの格好じゃねえし、監禁か……。
 太刀風は冷静に考え、その様子を見ていた。
「いやだ! せっかく逃げてきたんだ、離せってば!」
 男は腕を振り払おうとする少女の抵抗など気にもせず、近くに止めている白い車に向かう。
 一瞬だけ、彼女がこちらを向いた。
 大きな瞳は、助けを求めている。
 ――そんな目で見られても、俺にはどうしようもねえよ。
 無一文の少女から報酬を貰えるわけもなく、男が何者かも分からないのだ。
 ――もしバックにヤクザでも絡んでたら、最悪だしな。
 だからこれ以上関わらない。
 そのつもり、だった。
「おい、嫌がってんだろ。離してやれよ」
 気付けば太刀風は立ち上がり、そう言いながら二人に向かって歩き出していた。
 男は冷たい視線で太刀風を射抜く。
「君は?」
「喧嘩屋だ」
「チンピラ風情には関係のないことです。見なかったことにして帰った方が、身のためですよ」
「助けを求めてるやつを見捨てて逃げたら、死んじまうんだよ」
「は?」
「俺の中の、ヒーローの魂が」
 それは今でも覚えている映画の台詞だった。
 過去に憧れた、ヒーローの言葉だ。
 ――何やってんだ、俺は……。
 自分でも、どうしてこんな無茶をしているのか分からない。
 ただ、ここで退けばもうあのヒーローを思い出すことはないだろうと思った。
「邪魔をするなら、こちらも力ずくで排除させてもらいますが」
「やってみろよ」
 太刀風は構え、男の動きを伺う。
 彼は少女の腕から手を離すと、
「逃げようなどと思わないでください。君には行く宛などないのだから」
 と、釘を刺す。
 少女はビクリと体を跳ねさせると、肩を落とした。
「ほら、こいよ」
 挑発する太刀風に、男は溜め息をついた。
「面倒ですね、本当に」
 そして素早く太刀風との距離を詰め、その腹に拳を叩き込む。
「ぐっ!」
 男の動きは、今まで相手にしてきた誰よりも速かった。
 畳み掛けるように重い蹴りを脇腹に喰らわせると、彼は膝をついた太刀風に背を向ける。
「その程度で、わざわざ挑んできたんですか?」
 男は再度溜め息をつくと、彼に駆け寄ろうとした少女の腕を掴み、車に向かった。
 その背中に太刀風は勢いよく飛び掛り、蹴りを入れる。
「なっ!」
 完全に油断していた男は車に手をつき、少女の腕を離した。
「今だ、逃げるぞ!」
 太刀風はポカンとしている少女の手を取り、駆け出した。
「あ、う、うん!」
「こっちなら車は進入禁止だ、行くぜ!」
 標識を確認し、二人は住宅街の細道を走り抜ける。
「何で、助けてくれたんだ?」
 少女は驚きを隠せないといった様子で太刀風を見た。
「何でだろうな……。思い出しちまったからか。そうだ、お前、名前は?」
「ゼロって、呼ばれてた」
「ゼロ、か。俺は太刀風征助だ」
 太刀風とゼロは互いの名前を聞くと、また黙って裏道を駆けていく。後ろからの足音で、男が追いかけてきているのは分かっていた。
 ――とにかくあの野郎をまいて、隠れるのが一番か。
 しかし曲がった先にあったのは塀だ。
「クソッ! 行き止まりかよ!」
「さあ、彼女を渡してください」
 立ち尽くす二人に、追い付いた男が迫る。
「できるかよ、こいつは、もうあそこには戻りたくないって言ってたんだ」
 太刀風はゼロを庇うように前へ一歩踏み出した。
「君は何か勘違いをしている。ゼロさんもだ」
「は? てめえが監禁か何かして……」
 男は二人に向かって駆け出した。
「敵は、後ろにいる男ですよ!」
 その言葉と同時に、塀の上から男――いや、少年というべきだろう――が太刀風に飛び掛る。
 男が太刀風を突き飛ばすと、少年の手に握られたナイフが彼の脇腹を切り裂いた。
「つ……っ!」
 腹を押さえた彼の指の隙間から、血が溢れる。
「あんたら、オトモダチって感じじゃねーよな? 何でわざわざ庇ったりしたんだよ、オニーサン?」
 猫耳の付いたパーカーに身を包んだ少年はケラケラと笑い、血の付いたナイフを舐め上げた。
「よーう、被験者ゼロ番ってお前だよな」
「う、あ……」
 ゼロはその言葉を聞くと、自らの体を抱き締めるようにして震え出す。
「おい、ガキ……」
 太刀風は、低くドスの効いた声を上げた。
 自分でも驚くほど、怒っていたのだ。
 男が自分を庇って切られたことに……。
「んー? 庇ってもらったおかげで助かったようなやつが、俺とやり合えると思ってんの?」
「思ってる」
「へー? じゃあ、やってみようぜ!」
 少年はニヤリと笑うと、太刀風に向かってナイフを横に滑らせる。
 だが、太刀風はそれを一歩下がって確実に避けた。
「一つ教えておいてやるよ」
 その距離から、少年の頭を掴む。
「てめーみたいにナイフ持って喜んでるガキは、いいカモなんだぜ!」
 そしてその顔面に、思い切り頭突きを喰らわせた。
「ぐ、あ……っ!」
 少年の鼻から血が噴き出し、手からナイフが落ちる。
 リーチが短くナイフの使い方も拙い、そんな子供はいくらも見てきた。
「オモチャ持ったからって油断してんじゃねえぞ、クソガキが」
 倒れた少年を見下ろして吐き捨てると、太刀風はゼロの手を取った。
「大丈夫か?」
「うん、だいじょぶ……」
 その顔はやや青白いが、落ち着きは取り戻したようだ。
「で、お前は?」
 男の方を向くと、彼は額に汗を浮かべながらも笑った。
「かすり傷です。ご心配なく」
 声はしっかりしている。実際に見た目ほど深い傷ではないのだろう。
「お前は、こいつの味方ってことでいいのか?」
「ええ、私は……、いえ、私たちは彼女を助けにきたんですよ」
「え、そうなの!」
 ゼロは驚きの声を上げた。
「説明が遅れました。私は首縄尋夫といいます。絆紗々の名を出せば、信じてもらえますか?」
「紗々は、知ってる」
「それなら付いてきてください。君も」
 首縄が太刀風を見る。
「俺も? ゼロを連れて帰ればいいんじゃねえのかよ」
「ゼロさんが、君から離れたくないようなので」
 確かに、太刀風の手をゼロは離そうとしない。
「分かったよ……」

 首縄の車で十分ほど走っただろうか。ついた先はオフィス街にあるにしてはこじんまりとした三階建てのビルだった。
「ここの二階です」
「二階……。看板には人留探偵事務所って書いてあったけど」
「それです」
「そこに、紗々がいるのか?」
 ゼロは太刀風のシャツを掴んだまま階段を上がる。
「ええ、もう一人いますが」
 二階につくと、首縄はドアをノックした。
「戻りました」
「ああ」
 返ってきたのは低い男の声だ。
 ドアを開けた首縄の後ろから、太刀風は中を覗き込む。
 窓際のデスクに座っているのは、茶色の髪を撫で付けた無精ヒゲの似合う熊のような男。
 そして応接用であろうソファにはノースリーブのセーターにジーパンという格好の、胸の大きな女が腰掛けている。
「おかえり、首縄君。ゼロちゃんは?」
 彼女は色っぽい笑みを浮かべ、ショートカットの黒髪を揺らしてこちらを向いた。
「紗々だ」
 ゼロは躊躇いなく紗々という女に歩み寄る。
「大きくなったね」
「うん」
「君には、申し訳ないことをした」
「紗々のことは、恨んだりしてないよ」
「そっちは誰だ」
 大男が立ち上がり、太刀風へと視線を向けた。
 この男が看板に名前のあった人留だろう。
 太刀風が何か言う前に、首縄が口を開く。
「少々、助けられました。太刀風征助、彼にゼロさんが懐いてしまったので」
「へえ、ゼロちゃんが」
 紗々は興味深そうに太刀風を見つめる。
「なんか全然、話が見えてこねえんだけど!」
 完全に置き去りになっていた彼は、髪を掻き毟る。
「それもそうだ。君はカミサマって信じる?」
 突然の紗々の言葉に、太刀風は一歩引いた。
「ちなみに私は信じてない」
「俺も、信じてねえよ」
「だよねえ」
 紗々は「ははは」と笑うと小首を傾げた。
「じゃあ、カミサマは作れるって言ったら?」
「頭おかしいんじゃねえの」
「そう、頭のおかしい子たちがいてね。Dem機関って名前を聞いたことはあるかな?」
「何だそりゃ」
「知る人ぞ知る研究機関だよ。神を創造するなんてぶっ飛んだ目標を掲げた、ね」
「紗々、話していいのか?」
 人留が眉間に皺を寄せる。
「いいさ、ゼロちゃんが懐いて、首縄くんが連れてきた子なんだから。――私も昔はそこで研究してた頭のおかしい人間の一人なんだけども」
 紗々は肩を竦め、ゼロの頭を撫でた。
「その実験の被験者が、この子」
 ――だから、被験者ゼロ番……。
 あの少年の言っていたことがようやく腑に落ちた太刀風だが、そんな話をはいそうですかと信じられるわけがない。
「ま、信じなくてもいいよ。ただ、ゼロちゃんの面倒は見てくれるかな」
「はあ?」
「この子が他人に心を許すの、滅多にないことだから」
 気付けばゼロはこちらに戻ってきていて、太刀風のシャツの袖を握っていた。
「俺は……」
 ――つい助けちまったけど、そこまでの厄介事はごめんだ。
 そう言おうとした太刀風を、首縄が遮る。
「一度助けたら、最後まで守り抜く。それがヒーローだ、ぐらい言ったらどうです?」
「それ……」
 あの映画のヒーローの台詞だ。
「私にとっても、彼はヒーローなんですよ」
 微かに口角を上げて眼鏡を直した首縄を、太刀風はまじまじと見つめる。
「おかしいですか?」
「いや」
 誰でもヒーローに憧れ、いつかはそんなことを忘れて生きていく。
 だが、ヒーローを忘れられない男がここに二人もいるのだ。
 そして、助けを求める少女も。
「断れるわけ、ねえか」
 何故だか清々しい気持ちで、太刀風は苦笑した。
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2017/03/19(日) 12:42:54|
  2. 没小説
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