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小説『はじめてのおつかい』

 君沢は晴海に頼まれ、人留探偵事務所におつかいに行くが…。


『はじめてのおつかい』

「もしもし。あ、人留さん? ちょっとお願いしていいかな」
 廊下にある電話機で晴海が話している。横を通った君沢は『人留』という名前を反芻しながら台所に入った。
 ――人留さんって、確か探偵だったっけ。
 晴海と旭雄がよくその名前を口にしているのは君沢も知っている。だが会ったことはなかった。
 君沢は「探偵かあ」と呟いた。
 彼のイメージする探偵は、やはりシャーロック・ホームズだった。高い分析力を誇り、依頼人が持ってきた謎をたちまち解いてしまう……。そんな名探偵を想像する。
 ――探偵といえば助手も必要だよなー。名探偵の助手ってやっぱり大変なのかな。
 夕飯の皿を洗いながら、君沢は想像力の翼を広げた。
 殺人事件を追う名探偵、人留は捜査の途中で幾度も妨害を受ける。敵は殺人犯だったり悪徳警官だったりと色々だ。それでも彼は負けず、真相に辿り着く。実は一番身近な存在の助手が犯人で……。
「ハードボイルドだ……」
 自分の考えた粗筋に君沢は胸を躍らせる。それでも洗浄済みの皿が着々と増えていくのが彼らしい。
「人留さんってどんな人なんだろう。気になるなあ……」
 晴海や旭雄に訊けばいい話だが、探偵には守秘義務という物がある。きっと大きな事件の話は二人も知らないだろう。
 ――まあ、危険な事件が多いのはうちも同じか。
 便利屋晴天とてペット探しばかりをしているわけではない。そもそも前回人留の名前を聞いたのも、晴海が依頼人の罠にはまり、殺し屋と戦わされた時だ。
 ――晴海さんも旭雄さんも、結構危ないことをしてるんだよなあ。それに比べて俺は、何をやってるんだろう……。
 『便利屋晴天の主夫』というあまり格好が良いとも思えない二つ名を思い浮かべた君沢は、溜め息をついた。
「俺ももっと、役に立ちたいなー」
 そうやって、君沢は自己嫌悪に陥っていくのだった。

 その数日後、君沢に晴海が手を合わせた。
「あのさ、おつかい頼めねえか?」
「おつかいですか? いいですよ」
「サンキュ、旭雄も俺もこれからミケを探しに行かなきゃなんねえんだよ」
「気にしないでください。どこに行けばいいんですか?」
 晴海はメモ帳にさらさらと住所を書く。
「人留探偵事務所だ。人留さんに会うのは初めてだよな?」
「人留さんですか?」
 この間想像――ほぼ妄想に近い――していた人物と実際に会うことになり、君沢は少し緊張する。
 ――でも、せっかく頼まれたんだし。
「分かりました、行ってきますね! 晴海さんたちもお仕事頑張ってください!」
「おう! 大事なもんだからよろしく頼むぜ!」

 メモによると、人留探偵事務所はバスで二十分ほどの所にあるらしい。
 君沢はバスに揺られながらもう一度メモを見つめた。
 ――大事な物、か。重要な書類とかかな……。
 なんだか重要な仕事を任されたようで、緊張すると共に喜びも感じていた。自分も便利屋晴天の一員として認められたような気がしたのだ。
「あ、次の駅だっけ」
 バスのアナウンスで我に返った君沢がブザーを押すと、バスは海辺の商店街の近くで停まった。この商店街にある小さなビルの二階が人留探偵事務所のはずだ。
 商店街はさほど賑わっているというわけではないが、寂れているというほどでもない。歩きながら左右を見るが、文房具屋や魚屋、本屋、八百屋と特に変わった店はない。
 二、三分ほど歩いた所で君沢は立ち止まった。
 『二階・人留探偵事務所』と書かれた木製の看板が、簡素な二階建てのビルの入口に貼られている。
「ここか。人留さんってどんな人なんだろう……」
 階段を上った君沢は恐る恐るドアを開けた。
「すみません、あの……」
「やあ、君が君沢君?」
 どこか人を喰ったような笑みを浮かべたその女性は、ショートカットの黒髪が似合う凛々しい顔立ちをしている。ハイネックのセーターとタイトなジーパンに包まれた豊満な体は大人の色気を感じさせた。
「えっと、あの、人留さんですか……?」
「私は絆紗々。彼の恋人、かな。晴海君から電話で聞いてる。人留君、君沢君が来たよ」
 紗々が奥に声をかけると、恐らく居住スペースであろう部屋のドアが開いた。
「ああ、分かった」
 ――うわあ……。
 出てきた男を見て、君沢は心の中で悲鳴を上げた。
 人留は190センチはあるだろう熊のような大男だった。紗々と同じく三十路に見える彼はオールバックにした髪と無精髭が妙に似合っており、物凄い威圧感を放っている。
「あ、あの……、晴海さんの代わりに来ました、君沢です」
 すっかり怯えてしまった君沢は、おどおどしながら言葉を紡ぐ。
「ああ、ちょっと待っててくれ」
 だが、人留は笑顔こそ見せないものの温和な口調でそう言いデスクの抽斗を開けた。
「これだな」
 そして大判の茶封筒を取り出すと、君沢に手渡した。
「ありがとうございます!」
「晴海によろしく言っておいてくれ」
「は、はい!」
 君沢はぎこちない動きでお辞儀をすると、人留探偵事務所を後にした。
 ――こ、怖そうな人だった……。
 あの外見なら岩でも素手で粉砕できるのではないか、などと思ってしまう。
 とにかく頼まれた物を受け取りようやく緊張の解けた君沢はほっと息をつき、鞄に茶封筒を入れた。
 ふと八百屋に目をやると、新鮮そうな野菜が並んでいる。
「スーパーよりも安いし、おいしそう」
 買って行って夕飯に使おうかと考えていると、後ろから走ってきた男が君沢の鞄をひったくった。
「あっ、泥棒!」
 君沢は叫び、男を追いかける。
 それほど人の多いわけではない商店街には障害物となる物もなく、男は走り抜けていく。
「待って、それ大事な物なんです!」
 それでも、足には少々自身のある君沢は少しずつ距離を詰めていく。
 商店街を抜けて公園に入った所でようやく追い付き、君沢は男に飛びついた。
「くそ!」
「返してください!」
 二人して地面に倒れ込み、そのまま鞄に手をかけた君沢だが、男はポケットからナイフを取り出し手を振り上げた。
「わっ!」
 君沢は目をつぶる。しかし鞄からは手を離さない。
 ――刺される!
 覚悟した君沢だが、いつまで経っても痛みはなかった。
「……?」
 恐る恐る目を開ける。
「この!」
「暴れるな!」
 人留が男の手を掴んでいた。そして見た目通りの力で男を投げ飛ばすと、地面に叩き付けられた男は気を失う。
「まったく……」
 人留は視線を君沢に移すと溜め息をついた。
「お前も無茶をするな。相手がナイフを出して来たら、鞄から手を離せ」
「す、すみません……。でも、晴海さんが大事な物って言ってたから」
「大事な物かどうかはともかく、お前は晴海が言っていた通りの子だな」
「え?」
 人留は穏やかな表情を浮かべる。
「自分より人のことを考えて、他人のために一生懸命になれるやつだ、と晴海が言ってたぞ」
「晴海さんが、そんなことを……」
 ――晴海さんは俺のこと、認めてくれてたんだ……。
 先日感じた自己嫌悪の念が消えていくのを感じた。
「そうだ、俺はこれを渡しにきたんだ」
 人留は思い出したようにポケットから青い財布を取り出した。
「うちに落としていったみたいでな」
「あ、すみません! ありがとうございます!」
 君沢は頭を掻き、それを受け取った。
 人留に対する恐怖心のようなものも、もうなくなっていた。

「帰りましたよー」
 君沢は日本家屋の引き戸を開けた。
「おう、お帰り。俺も今帰ったとこだ」
「これ、受け取ってきました」
 鞄から出した封筒を晴海に渡す。
「おう、サンキュー」
「そういえば、それ何だったんですか?」
 その問いに晴海は頬を掻き、目を逸らした。
「旭雄には言うなよ? あいつはこういうもん持ってたらうるせえから」
「え? あ、はい」
 晴海はこほんと一つ咳払いをし、笑った。
「エロ本」
「え、えろ……?」
 ぽかんとする君沢。
「いやー、この女優もう脱がねえから、絶版になってる昔の本が貴重なんだよ。やっぱ探偵ってすげえな」
 君沢は本の内容を想像したり、そのために必死になった自分を思い出したりで顔を真っ赤にした。
「もう、晴海さんなんて知りませんから!」
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2016/11/04(金) 09:39:51|
  2. 没小説
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