色々あって、紗々を怪奇小説家設定に変更しました。先日書いた桜の話の修正版となります。
『桜が語った遠い記憶』
昔から、人留献也は桜が怖かった。
何故かは知らないが、桜を見ると不安になった。
そんな彼とは対照的に、この女は桜が好きらしい。
人留とは長い付き合いである怪奇小説家、絆紗々は桜の木を見上げて微笑む。
「ねえ、人留君。綺麗でしょう、この桜。人も来ないし、絶好の場所だと思わない?」
「――あ、ああ」
確かに、美しくはあった。
丘の上にたった一本佇む孤独な桜はどこか非現実的で、遠い遠い過去の記憶を呼び覚ますようで。
逃げる彼を追う男。男は彼の腕を掴んで引き倒し、その手に光るナイフで心臓を貫く。
何度も、何度も、何度も……。
――待て、それはいつの記憶だ。
そんな経験はしたことがない。それなのに、まるで映画を観ているかのようにはっきりと、脳裏に思い描けた。
「人留君?」
紗々に呼ばれ、彼は我に返る。
「顔色が悪いよ。そろそろ帰ろうか?」
「ああ、すまん。そうしよう」
人留は額を押さえ、首を縦に振った。
「妙な白昼夢でも、見たような気分だ」
丘を下りながら、彼は話した。
「殺される、夢を……」
「それは」
紗々は振り返り、立派な満開の桜に目をやる。
「前世の記憶、かもしれないね」
「前世って、冗談だろう?」
「桜が語った、遠い記憶……」
彼女はくすりと笑って人留の胸に指を当てた。
「なんて、ね」
「小説のネタにでもしてろ」
人留は溜め息をついた。
そんな彼らとは反対に、丘を上がってくる男が一人。
きっと彼も、桜を見に行くのだろう。
男は、すれ違いざまに笑った。
「あの時は、楽しかったな」
遠い記憶の殺人鬼が、笑った。
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学
- 2016/07/03(日) 21:13:38|
- 没小説
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