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四話『大学の怪談』

 晴天四話。一度別キャラでアップしたことがあると思うのですが、色々修正した話です。
 大学に出る幽霊の正体を暴いてほしいという依頼。そんな中晴海は心理学者の紗々と出会う。


『大学の怪談』

 駄菓子屋晴天の二階で晴海と対峙しているのは、黒髪に眼鏡、ワイシャツにジーパンという格好の青年だ。
 二十代半ばであろう彼は真面目そうな風貌をしている。
「晴空大学で助手をしている首縄尋夫といいます」
 首縄は軽く頭を下げると茶を啜った。
「晴空大学……、ああ、あそこか」
 晴海でもその名は知っていた。ここから電車で三十分程度の距離にあり、なかなか偏差値の高い難関大学のはずだ。
「それで、どういう依頼だ?」
「うちの大学に幽霊が出るんです。それを調べていただきくて」
「幽霊?」
 晴海は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「幽霊って、お前が見たのか?」
「ええ、自分の目で見たからこそこうして依頼に来ました」
 彼の話を総合すると、こういうことらしい。

 三日前、七時を過ぎて資料の整理を終えた首縄は研究室の鍵をかけ、帰ろうとしていた。
 晴空大学には五階建ての研究棟に三階建ての学舎が二棟、そして購買部や食堂、部室などのある棟の合計四棟がある。
 研究棟は学舎の奥にあり、正門付近の駐車場に車を置いている首縄は学舎の間にある中庭を歩いていた。
 暗くなった学校というのはなかなか不気味なものだが、慣れ切った彼は特に恐怖などは感じない。
 学舎から女の悲鳴が聞こえてきた時も、幽霊などより不審者に学生が襲われたのではないかと心配した。
 悲鳴があったのは南棟――正門から見て右手にある学舎――だった。首縄は学舎に駆け込み、中を見回した。
 ドタドタとけたたましい音を立て、女子学生二人が階段を駆け下りてくる。
「どうしたんですか、今の悲鳴は」
「あ、あの……」
「ゆ、ゆ……」
 二人ともパニックに陥っているようで、よく階段で転ばなかったものだと首縄は感心した。
 だが、勿論感心している場合ではない。
「落ち着きなさい、不審者でも出たんですか?」
 冷静な首縄を見て少し安心したらしい学生は、呼吸を整えると顔を見合わせ首を振った。
「幽霊が、出たんです!」
 綺麗にハモったその言葉に、首縄は目を瞬かせた。
「幽霊?」
「はい、303号室に!」
「講義室の電気を消して、なんか寒気がするから振り返ったら、光ってたんです!」
「ほんとなんですよ!」
「確かに見たんです!」
「別に君たちが嘘をついているとは思ってませんよ。俺も見てくるから君たちは守衛室に行ってください」
 二人の慌てようから察するに嘘ではないのだろう。だとしたら誰かのいたずらか見間違いだ。いたずらだとしたら、やはり不審者の可能性もある。
 首縄は階段を駆け上がり、303号室を目指した。
 講義室前方にある開け放たれたドアをくぐると、寒気を感じた。
 ――まさかこれは、霊気というものか?
 幽霊など信じていない首縄でも一瞬そう思ってしまう程、暗い講義室は不気味だった。
 そして彼ははっと息を呑む。
 窓際前方の壁に、ボーッと光る何かがあった。それは女の輪郭にも見えた。
 首縄が我に返ると、それはゆっくりと消えようとしていた。
「な……」
 手探りで電気のスイッチを探す。明るくなった時、そこにはただの白い壁しかなかった。寒気ももう感じない。
「だ、誰かいるんですか! 質の悪いいたずらはやめなさい!」
 そう言って段になっている講義室を上まで見渡すが、反応はない。
 その後やって来た守衛にも手伝ってもらって机の下などを調べてみたが、誰も隠れてはいなかった。

「なるほど、それで幽霊か……」
「まあ講義室は広いので、俺が不審者を見過ごしたという可能性も無いとは言い切れませんが……」
「でも、怪しいよな」
 女子学生によると突然光が現れ、首縄の前で消えた。何もからくりが無ければ心霊現象、からくりがあれば質の悪いいたずらということになる。
「どちらにせよ、放ってはおけません」
「ああ、今からでも調べに行くぜ。暇なもんでな」
 晴海の申し出に首縄は頷いた。
「是非お願いします」

 晴空大学につくと、丁度昼休みのため芝生敷きの中庭で弁当を食べる学生たちの姿が目に映った。
「平日の大学ってやっぱり活気があるんだなあ。サークル活動とかやってるやつもいるみたいだし」
 軽音サークルであろう男子がギターを弾いている姿も見える。学生たちは青春を謳歌しているらしい。
「ええ、しかしサークル活動にばかり力を入れて勉強が疎かになる者もいます。一概にいいとも言えませんよ」
「なるほど。そういえば、首縄は助手って言ってたよな。誰の……」
「あ、首縄くーん」
 晴海の言葉の途中で明るい声に呼び止められ、二人は振り向いた。
「やあ、そっちは?」
 笑顔でこちらに近付いてきたのは、三十代前半の女だった。
 首縄とは対照的に、彼女は柔和なイメージだ。ショートカットの黒髪を自然に流し、だらしなく着たグレーのワイシャツに黒のネクタイ、白のジーパン。豊満な胸や肉付きの良い尻から女の色気とでも言うべきものが感じられた。
「先生、この方は便利屋です」
 首縄の答えに、紗々と呼ばれた女は首を傾げた。
「便利屋? 何でまた。――あ、私は絆紗々、心理学の講師をしてる」
「じゃあ、首縄はあんたの助手か。駄菓子屋兼便利屋、晴海天一だ、よろしく、絆先生」
「紗々でいいよ、よろしくね」
 紗々は笑顔で晴海に右手を差し出す。
 ――右手だから、大丈夫だよな……。
 一瞬考え、晴海はその手を握った。
「君が依頼したなら、資料探しの手伝いとか?」
「いえ、幽霊騒ぎです」
「あー、あれか。首縄君も見たんだっけ?」
「ええ、放ってはおけないでしょう」
「まあね。そうだ、303号室だよね? 私、これからそこ使うんだけど」
「そうでしたね、うっかりしていました……」
 首縄はしまったという様子で頭を掻く。
「ああ、晴海君。なんなら私の講義聞いていってよ。部外者大歓迎だし」
「いいのか?」
 そう訊きながら、晴海は不安を抱えていた。
 ――おいおい、俺、高校の時だって授業中寝てたクチだぞ。心理学とか起きてられっかな……。
 そんな晴海の心配をよそに、紗々は首縄に指示を出す。
「そうそう、君は前に言ってた資料の準備をしてくれる? 研究室の机に置いてあるから」
「分かりました。では晴海さん、また後ほど」
 首縄が去っていき、晴海は覚悟を決めた。
「えっと、紗々さんも今回の幽霊騒ぎのことは知ってんのか? 303号室に行くまで聞かせてくんねえかな」
「ああ、いいよ。学生たちの間で噂になってるから、多少はね」
 歩き出しながら、紗々は唇を人差し指でなぞる。
「303号室に女の霊が出るってやつでしょ。実際に見たって子が何人かいるし、出るのは事実なんだろうね」
「え、本物の幽霊ってことか?」
 幽霊など下らないと一笑に付すものかと思っていた晴海は首を傾げる。
「まあ、あの講義室で首を吊った女子生徒がいるなんて噂もあるし」
「げ、それじゃあ」
「いやいや、その噂が流れ始めたのは幽霊騒ぎが起こってから。誰かが面白がって流したデマだよ。多分だけど」
 紗々は笑って手を振った。
「しかし、幽霊がいるなら会ってみたいね。――さ、ここが303号室だよ」
「あ、ああ……」
 寝ずに講義を聞けるか、それが晴海にとって目下の問題であった。

 晴海は空席のあった後ろの方に座った。紗々の講義は人気があるのか、なかなか学生が多い。
 講義が始まるとそれも納得できた。内容自体は難しいものの彼女の説明は分かりやすく、よく通る声も耳に心地が良い。学生たちも私語はしないが、たまに上がる笑い声のおかげもあり活気があった。
 ――変わり者だけどユーモアはあるし巨乳だし難しいこと知ってるし、ほんと天って二物も三物も与えちまうもんなんだな。
 晴海は感心した。
「ああ、そうだ。ここで資料のDVDを見ようか。窓側の学生はカーテンを閉めてくれる?」
 紗々は鞄の中からDVDを取り出し、窓際にあるテレビに歩み寄る。
「えーと、あれ、デッキのケーブルが抜けてるな。――あ、ちょっとそこの君」
 ごそごそとテレビの裏側を探っていた紗々が顔を出し、一番近くに座っている地味な男子学生に声をかけた。
「あ、はい」
「ごめんね、ここの配線分かる? どこにケーブル挿せばいいか分からなくてさ」
「見せてください」
 彼は立ち上がり、紗々と場所を交代する。
「ははは、どうも機械には疎くてね」
 紗々が笑いながら頭を掻くと、学生たちも笑った。
「できましたよ、先生」
「ああ、ありがとう」
 紗々は彼の肩を軽く叩き、デッキの操作を始めた。
「よし、これで再生、と」
 テレビの画面に映像が流れ始め、紗々は講義室の電気を消しにいった。
 暗くなった部屋で、学生たちはテレビに集中し始める。
 DVDの内容は監獄実験というものについての説明だった。学生を看守役と囚人役に分けて生活させる実験らしい。
 見始めて数分が経った頃だろうか。晴海は背筋がゾクリとするのを感じた。
 ――なんかさみいな。まさかこれ、首縄が言ってたやつじゃ……。
 そんなことを考えていると、女子学生の悲鳴が上がった。
「な、何あれ!」
 続けて他の女子学生が叫ぶ。
 窓際の壁――丁度テレビの横辺りだ――にぼんやりとした光が浮かび上がっていた。それは女の輪郭のように見える。
 気付いた学生たちから連鎖するように悲鳴が上がっていく。
 暗い中立ち上がって逃げようとする者が出てくると、皆がパニック状態になってしまった。
「おい、どいてくれ!」
「痛い! 押さないで!」
「みんな、落ち着いて! 今、電気をつけるから!」
 冷静な紗々の声は学生たちの声にかき消される。更にぶつかるような音に紗々の悲鳴が続いた。逃げようとした学生とぶつかったのだろう。
 晴海は一瞬迷ったが、カーテンを開けて外の光を入れるのが先決だと判断した。
 学生たちの大半は逃げようとドアの方に殺到しているため、窓側には比較的楽に行くことができた。とにかく後ろから、カーテンを開けていく。
 半分程カーテンを開けたところで学生たちは落ち着きを取り戻していき、なんとか事態は収まった。
 だが酷い状態だった。ドアの方に殺到した学生二十名程がおしくらまんじゅう状態になっており、別の二十名程は段で転び倒れ込んでいる。被害が少なかったのは、地震に遭遇したときよろしく机の下に隠れた十数名と、幽霊の写メを撮ろうとスマートフォンを構えて窓際に近付いた怖いもの知らずの数名だろう。
「おい、大丈夫か!」
 晴海はまずドアの方に向かったが、彼らは手を貸さずとも冷静になるとばらつき始めた。将棋倒し状態にならなかったのが救いだった。
 転んだ者たちも少しずつ起き上がり始める。
「そうだ、紗々さんは……」
 晴海は教卓から数メートル離れた所で倒れている紗々に気付いた。
「だいじょ……」
「大丈夫ですか、先生!」
 晴海よりも先に、先ほどの地味な男子学生が窓の方から紗々に駆け寄る。
 彼が抱き起こすと、紗々は「う……」と声を上げて目を開けた。
「大丈夫か、紗々さん」
 晴海はその肩に手をやる。
「ああ、うん、大丈夫。私は良いから、学生の方を頼める?」
「分かった、紗々さんは休んでてくれ! あ、そっちはお前に任せたぜ」
 晴海は男子学生の肩を叩くと、まだ倒れている学生がいないか講義室を見回した。
 そして、気付いた。
 ――もう、消えてる……。
 壁には何も浮かんでいなかった。明るくなったから消えたのだろうか。
 また、先程感じた寒気も無くなっていた。

「やれやれ」
 学生たちのいなくなった講義室で、晴海は溜め息をついた。
 騒ぎはなんとか収まり、授業は中断ということになったのだ。酷い怪我をした者はいないが、足をくじいたり捻挫したりした学生たち数人は保健室に行った。それ以外の学生は友人たちにこの出来事を話しに行ったのだろう。
「あんたは保健室行かなくていいのか?」
 晴海は教壇にもたれかかっている紗々に尋ねた。
「ああ、大丈夫だよ。怪我はしてないし」
 紗々は笑顔でひらひらと手を振る。
「ならいいんだけど」
 ガラリとドアが開いた。首縄だ。
「大丈夫ですか! 先生!」
 息を切らしている様子からして、急いで来たのだろう。
「大丈夫大丈夫。学生たちも大した怪我はしてないよ」
「外で学生たちが騒いでいたので心配しました……」
 その様子から、首縄が紗々を慕っているのがよく分かった。
「ありがとう。ま、晴海君のおかげかな。カーテン開けてくれなかったらもっと酷いことになってたんじゃないかな」
「それなら良かったぜ。しっかしあれ、本物なのか?」
 晴海は例の壁を見つめた。今は何も浮かんでおらず、ただの白い壁でしかない。
「そういえば、出る前に寒気がしたね」
 思い出したような紗々の言葉に、晴海は頷いた。
「俺もだ。消えた時にはもう感じなかったけどな」
「俺がここに入った時も同じでした。学生たちもそう言ってましたし」
「やっぱ、霊気ってやつか」
「いや……」
 紗々は人差し指で唇をなぞる。
「それをただの気温の変化と考えれば、仮説は立てられる」
「仮説?」
 晴海は首を傾げた。
「首縄君はさ、幽霊を最初に見た子たちから何か聞かなかった?」
「そういえば、自分たちの他にも男子学生がいたと言っていました」
「男子学生、か」
「まあ幽霊が出る数分前に出て行ったそうですが。何か関係が?」
「いや、うーん……」
 紗々は頭を掻いた。
「テレビの近くにさ、エアコンのコントロールパネルがあるんだよね」
「寒気がしたのは、エアコンの温度を下げたからってことか?」
 晴海はそう言ってから逆の方に首を傾ける。
「気温に反応して現れる幽霊なんて、いるのかよ」
「いるよ」
 紗々は壁に歩み寄り、そこに手を触れた。
「機能性塗料って、知ってる?」
 ガタンと音がした。
 晴海がそちらに目をやると、あの時の男子学生がドアの所に立ち尽くしていた。
「沢渡君、だったよね。私のゼミ生の」
 紗々は肩をすくめた。子供のいたずらに呆れる親のように。
「君だね、幽霊騒ぎを起こしたのは」
「え?」
「そう、なんですか?」
 晴海と首縄は同時に声を上げた。
「機能性塗料ってのは、温度や湿度の変化を確認するための塗料でね。ある一定の温度や湿度になると色が現れる」
「ああ、気温が下がって現れたってことか!」
 晴海はポンと手を打った。
「うん、蛍光色を使えば暗がりで光るし」
 紗々の指摘を聞きながら、沢渡は視線だけを忙しなく動かし黙り込んでいる。
「テレビの配線を頼んだ時にコントロールパネルをいじって室温を下げ、騒ぎになってしばらくすると戻しに行ったんだよ、君は。だから明るくなった時、窓側から私の所に来た。写メを撮ってたわけでも机の下に隠れてたわけでもないのに」
 確かに筋が通っている。沢渡は否定の言葉を紡ぐこともなく唇を噛んでいた。
「では、女子学生たちが言っていた男子学生というのは彼のことですか」
 首縄も合点がいったというように頷く。
「うん。室温を下げた後廊下に出て、彼女たちが逃げ出したら室温を戻し、帰った。そんなところかな」
「でも、何でそんなこと……」
「幽霊みたいなもんですから、俺も……」
 晴海の言葉を受けたように沢渡は呟き、踵を返して駆け出した。
「あ、おい!」
 晴海はその後を追いかける。沢渡は屋上へ続く階段を上がっていった。
「おい、待てって!」
 屋上に出た沢渡の背中に、晴海は怒鳴る。
 彼は屋上の柵に手をかけた。何をしようとしているか気付いた晴海は彼に飛びかかった。
「放してください! 俺は、生きてる意味なんてないんです!」
「何言ってんだ! 幽霊みたいなもんってどういうことだよ!」
 暴れる沢渡を晴海は押さえ付けるが、必死になった人間の力は強く、その爪が頬を掠め血が出た。
 しかし、彼は晴海が手を離したらここから飛び降りるつもりだ。放すことはできなかった。
「誰も俺のことなんか見てない、興味もない! そんなの、死んでるのと一緒じゃないか!」
「知ってるよ」
 屋上に紗々の声が響いた。
 沢渡ははっとしたように紗々の方を見た。
「君が一人なのは知ってる。ゼミの後誰とも喋らずに出て行くのも、食堂でお弁当を一人で食べてるのも、知ってる」
「し、知ってるなら……」
 沢渡の口元が引きつった。
「何で助けてくれなかったんだ! 嫌なんですよ、もう! ただそこにいるだけで他人と関われない自分が嫌なんです! 気付いてたんなら、声をかけてくれてもよかったじゃないですか!」
 その言葉は身勝手で幼稚だった。しかし、勉強ばかりをしてきた彼のような学生はいざ自由を与えられるとそれを持て余す。
「甘えるな」
 紗々は一喝すると、すたすたと沢渡に歩み寄った。眉間にしわを寄せた彼女は首縄の頭を右手で掴んだ。
「だからガキは嫌いなんだ。助けてくれてもいいじゃないか? そんなこと知らないよ、君は一言でも『助けてくれ』って言葉にしたの? そりゃあ君はただそこにいるだけだよ、自分から話しかけないんだから。誰だって自分から話しかけない限り一人なんだ。うじうじしてれば誰かが優しく話しかけてくれるなんて甘いことを考えてるんじゃない。努力もせずに文句ばっかり垂れ流して、挙句の果てに変なキレ方して他人に迷惑をかける。君のようなガキが私は嫌いだ」
 矢継ぎ早にそう言うと、紗々は溜め息をついた。
「大学生にもなって講師にそんな要求をするな。私が君たちに教えるのは学問であって人間関係じゃない。そういうものを求めるなら、もう一回小学校からやり直すんだね」
 沢渡も晴海も、何も言い返せずにいた。ただ呆然としていた。
「は……、あ……」
 沢渡は息を飲み込むと、紗々の手を振り払った。
「あああああああっ!」
 悲痛な叫び声を上げて、突っ伏す。
「貴女に、憧れてたんだ……。輝いてて、みんなを惹き付ける先生に……。人の気を引くにはどうしたらいいか考えても、あんな馬鹿なことしか思い付かなくて……」
「ほんと、馬鹿だ君は。あんなことをしたって、君が見てもらえるわけじゃないのに」
 その言葉には先程のような棘は無く、哀れむような響きがあった。
「じゃあ、俺はどうすれば良かったんですか……。自分から話しかけるのが、怖いんです。自信がないんです……」
 震えている沢渡の肩に、紗々は手を置いた。
「勉強しなさい、知恵は力だ。力を付ければ自信は生まれるよ」
 それが紗々の教えなのだろう。確かにそれは正しい。正しくはあった。
「でもさ、紗々さん」
 晴海は地面に突っ伏している沢渡の姿を見つめた。
「みんながあんたみたいに強くなれるわけじゃねえと思う。それに多分、こいつは不器用なんだ……」
 あることを思い付いた晴海は、「そうだ」と手を打った。
「やっぱ、人と話すには慣れとかも必要なんじゃねえかな。だから、俺に考えがある」

 結局、幽霊騒ぎは部外者のいたずらということにしてもらった。壁を塗り直すために業者を呼ぶ料金は沢渡が出すということで。
 その件から二日、いつものように学校のチャイムが鳴り、奈津美と志亜が駄菓子を買いに来た。
 だがいつもと違い、彼女たちは買ったチョコを食べながら溜め息をつく。
「ひょっとして、試験返ってきたのか?」
 晴海が察して尋ねると、二人は頷いた。
「英語が赤点で……」
「あたしは古典がダメだった……」
 それを聞いた晴海は笑い、
「家庭教師でも手配してやろうか? 晴空大の学生なら、家庭教師として文句ねえだろ?」
 と提案する。
「え、晴空大!」
「あの大学偏差値高いじゃん! 晴海さん、そんな知り合いいんの!」
 奈津美と志亜は驚いているようで、晴海は得意げに胸を張った。
「格安で引き受けてもらえるぜ、向こうも人付き合いを勉強したいって」
 勉強とは、大切なものだ。
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2016/02/05(金) 15:29:46|
  2. 没小説
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