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一般向け小説『紅椿』

 晴天三話目です。
 妖刀と呼ばれる刀、紅椿を手にした殺し屋旭雄。晴海はその刀を回収できるのか。


『紅椿』

 自らの袴の裾が翻る。
 手にした日本刀が、相対する男の腹を斬る。
 飛び散る血飛沫、倒れる相手。それを見ていた男達も怯え、駆け出していく。
 今日の仕事は終わった。
 彼の名は旭雄日文。黒髪に端正な顔立ちという、和服の似合う男だ。
「ちっ、もう刃こぼれしてやがる」
 刀を見て、彼は舌打ちをした。
 どうやらなまくら刀をつかまされたらしい。
「親爺」
 通い慣れた質屋の暖簾をくぐる。
 寂れた店によく似合う、質屋の親爺が彼を見て小さく笑った。
「どうしやした、旦那?」
「新しい刀が欲しい。どうも前につかまされたのがなまくら刀だったみたいでな」
「そりゃあどうも。まあ、刀の良し悪しを見分けるのもプロってもんでしょう」
「それを言うなら、良いものを売るのがプロってもんじゃないのか?」
 質屋は黄色い歯を見せて笑った。
「あたしらの仕事は、どんなもんでも売り捌く事でさあ」
 ――なるほど、それはそれで一理あるか。
「とにかく、今回はまともな刀を売ってもらいたい」
「まともとは言い難いが、よく斬れる刀ならありますぜ」
 質屋が一本の刀を取り出す。
「ただ、ちと斬れ過ぎるんだが……」
「どういう事だ?」
「まあ、見てみて下せえ」
 旭雄はその刀を手に取り、鞘から抜いた。
「これは……」
 窓から入る月光を反射するその刀身は……。
「美しい……」
「でしょう?」
 とにかく美しいとしか形容しようがなかった。鋭く研ぎ澄まされ、妖しく光る刀。
「その刀、欲しけりゃ只でもかまいやせんぜ」
「この刀をか」
 旭雄は刀を鞘に納め、質屋を見た。
「その刀は、曰く付きでしてね」
「曰く?」
「ご存知ねえですかい? 『妖刀紅椿』。江戸時代から今まで、持つ者を狂わせ、幾人も葬ってきた、血を求める刀だ」
「血を求める刀?」
「皆、狂っちまうんでしょうねえ。その美しさに。そんな美しい刀だ。血を浴びたらどれ程美しくなるだろう。いや、刀が美しくなるために血を求めてると思っちまうんだ」
「くだらん、血を求めるのは人間だ。刀が血を求めるなんて、馬鹿げてる」
「そうお思いなら、差し上げますよ。どうも手元にあると、あたしもそれに狂っちまいそうで恐ろしい」
「それならば、ありがたく……」
 彼は刀を布袋に入れ、質屋を後にした。
 しかしそこで、走ってきたサングラスをかけた男とぶつかった。
「悪い!」
「いや」
 男はそのまま質屋に駆け込んでいった。
 その時は、その男の事など気にも留めていなかった。

 晴海は質屋に詰め寄っていた。
「紅椿って刀が入ったって聞いた。売ってくれ」
 だが、質屋は笑って手を振る。
「残念だがついさっき人にやっちまったよ。気味が悪いんでね」
「誰に?」
「それは言えねえ」
「ちっ。――と、ついさっき……。あいつか!」
 思い出したように駆け出していった晴海の背中を見ながら、質屋は歯を見せた。
「ちょっと口を滑らせちまったかねえ……」

「気配で分かるぞ」
 旭雄は振り向くこともせず、背後から付いてくる男に声をかけた。
「おっと、ばれちまったか」
 その声に、先程質屋の前でぶつかった男だと気付き振り返る。
「何の用だ?」
 彼、晴海は冗談めかした表情で糸くずを取り出した。
「わらしべ長者のひそみに倣って、糸くず長者に挑戦してんだけど、何か交換してくんない? 例えばその、刀とか」
 旭雄は即座に抜刀した。
 晴海の前髪が少量、はらりと落ちる。
「タチの悪い冗談は好きじゃない。それ以上下らない事で付いてきたら本気で斬るぞ」
「あー、悪かったよ。他の奴にあたってみるわ」
 晴海は臆する様子もなく軽く両手を挙げ、去っていった。
「しかし……」
 旭雄は歩き出そうとして足を止めた。
「サングラスを斬るつもりだったんだが……」
 あの男、何者だ……?

 その翌日、ある組事務所で数名が血にまみれて死んでいる。その中心に旭雄は立っていた。
「確かにこれは、名刀だ……」
 血に塗れても、切れ味が全く鈍らなかった。
 窓から入る月の光で血に塗れた紅椿が妖しく光る。
「綺麗だ……」
 そんな紅椿に、見とれていた。
 しかし、突然のサイレンの音が旭雄を正気に戻した。
 ――警察か。
 我に返り、踵を返して逃げる。隠れるのに丁度いい廃墟があった。
「よお」
 そこに入った瞬間、またあの不快な声。
 携帯電話を手にした男が、軽く手を挙げる。
「貴様か……」
「晴海天也。駄菓子屋便利屋晴天をよろしく。あ、なんか喧嘩してるやつがいるって通報したらすぐ来てくれたぜ。税金払ってんだからこれぐらいいいよな。実際に事件は起きてるわけだし」
 晴海はふざけた口調でそう言った。
「今度は何だ?」
「ん、糸くず長者は無理っぽいから、鉄くず長者でどうよ? さっき工事現場で拾ったんだけど」
 旭雄は紅椿に手をかけた。
「タチの悪い冗談は好きじゃないと言ったはずだが?」
「冗談じゃねえよ、こっちも仕事でやってんだ。その刀を回収してほしいってな」
「この刀を手放す気はない。二度と俺の前に現われるな」
「知らねえのか、その刀……」
「質屋が言っていた事か。下らん」
 旭雄は晴海に背を向けた。
「血を求めるのは刀じゃない。人間だ」
「血を求めるのは人間、ねえ」
 晴海はその後を追うことはせず、息をついた。

 珍しく、二日続けてあの夢を見なかった。
 目の前にぶら下がっているあの人の足。
 下卑た男の笑い。
 初めて、人の命を奪った感触。
 そんな夢を、見なかった。
 今日はやけに気分がいい。
 旭雄は紅椿の手入れをしようと、鞘から抜く。
「なにっ!?」
 刀身に、べったりと血がついていた。
「昨日、拭き取ったはず……」
 しかしそれは見間違えだったらしく、すぐに血は消えた。
 だが……。
「やはり、血に濡れていた方が、美しい……」
 何故だろう、夢を見なかったというのにこんな事を思い出すのは……。

 十年以上前、高校生の時だった。両親を亡くし、弟と共に親戚中をたらい回しにされていた旭雄はかなり荒れていた。
「ちっ、三万かよ。しけてんな」
 深夜の公園に来ては木刀で男を殴り、財布から札を抜き取っていた。
「駄目だよ、そんな事をしては」
 突然、後ろから声をかけられた。
「ちっ!」
 振り向きざまに木刀で殴りかかるが、その男の竹刀にはじかれ、反動で尻餅をついた。
「な……」
 穏和そうな初老の男を見上げる。
「折角いい太刀筋をしているんだ。人を傷付けるのに使ってはいけない」
 男はそう言うと、携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。
 ――警察か?
 まずいと思い逃げようとしたが、すぐに通話を終えた男に腕を掴まれた。
「な、何だよ」
「とりあえずお金は返しておきなさい」
 相手の強さは知っている。旭雄は素直に金を倒れている男の懐に戻した。
 どうせ補導されるのには慣れている。
 しかし、男はにっこりと微笑んだ。
「こんな時間だと冷えるだろう。お茶でも飲んでいくといい」
「はあ? 今、警察……」
 ――何を寝呆けてるんだこの男は。
「救急車だよ。ああ、私はこの近くで剣道道場をやっている剣沢仁志という者だ。君の名前は?」
 もう、反抗する気力は失せた。
「旭雄日文……」
「そうか、よろしくね、旭雄君」
 そしてその剣沢という男の道場で茶を飲み、手合せをしてもらった。
「ちくしょー、次は勝ってやるからな!」
「ああ、いつでもおいで」
 そんな事を言って、旭雄は剣沢の道場に入り浸っていた。
「兄貴。なんか最近変わったよな」
 二つ年下の弟からもそう言われた。
「ああ、そうか?」
「学校から呼び出しもないし、毎日どこ行ってんの?」
「ちょっとな」
 剣沢は人柄も良く、剣道の腕もかなりのものだというのに、何故か門下生はいなかった。
 その理由を、ある日彼は知る事になる。
 いつものように、道場の前に来た時だった。
 入り口で、柄の悪そうな男たちが剣沢に迫っていた。
「今日こそこの土地売ってもらおうか!」
「いい加減諦めろよおっさん!」
 地上げ屋、というやつだろう。
「この土地、道場は父から譲り受けた大切なものです。お譲りするわけにはいきません」
 毅然と言い放つ剣沢の頬に、男の拳が飛ぶ。
「ちっ、厄介な奴だ」
 脅しだけのつもりだったのか、男達は去っていく。
 旭雄は倒れている剣沢に駆け寄った。
「だ、大丈夫か!?」
 彼は起き上がり、赤くなった頬をさすりながら微笑む。
「ああ、これぐらいはね」
「何で……、あんたならあんな奴らぐらい……」
「力は、使う理由があって使うものじゃないかい?」
 真剣な瞳が、少年を射抜く。
「理由……?」
「理由のない力は、ただの暴力だ。そうじゃないかな」
「よく……、分かんねえよ」
 旭雄は剣沢から目を逸らした。
「ははは、君にはまだ早かったかな。さ、手合せをしようか。君はどんどん強くなってるからね。私ももうすぐ追い抜かれるかもしれないな」
 そう言って道場に入っていく剣沢に続く。
 よく分からないまま、旭雄はこの男の強さや優しさに惹かれていった。
 しかし、気付いた時にはもう遅かったのだ。
 その、翌日。
「剣沢さーん、手合せ……」
 道場に入った彼の目の前に、剣沢の体がぶら下がっていた。
 剣沢は、経営難を苦にして首を吊った。
 首を吊ったことにされた。
 首を吊らされたのだ、奴らに。
「なあ兄貴、なんか近所の道場で首吊りだって……、って、どうしたんだよ兄貴!?」
 旭雄は弟の顔を見るためだけに家に帰った。
 そして、地上げ屋たちの事務所に駆け込んだ。
 ただ、そうするしかなかった。
「ふざけやがって、このガキ!」
 腹を蹴られ、壁にぶち当たる。
「お前らが、お前らがあの人を……!」
 事務所に乗り込んでから何度殴られ、蹴られただろう。口の中に溜まった血でうまく喋る事ができない。
「直山さん、どうします、このガキやっちまいますか?」
 デスクに座っていたリーダー格の直山という男がゆっくりと立ち上がり、旭雄の前にしゃがみ込んで目線を合わせる。
 威圧感のある男だった。
 それでも旭雄は、その目をきっと睨み付けた。
「はっはっ、いい目だ」
 下卑た声で笑うと、直山は黒い髪を鷲掴みにした。
「あいつを殺したのは儂だ」
 頭の、中で何かが弾ける。
「だとしたらどうする? 儂を殺すか?」
 下卑た笑み。
「……、る」
 旭雄は口の中の血を吐きかけ、更に強く睨み付けた。
「殺してやる!」
「このガキ!」
 取り巻きの男達がざわつくのを、直山が制す。
「ガキ、儂らとお前は、住む世界が違うんだ。もし儂を殺したいなら……」
 直山が、旭雄の学ランのポケットに一枚の名刺を入れる。
「儂らと同じ世界に来るんだな。そこに行けば、この世界のいろはは叩き込んでくれるだろうよ」
 そう言って立ち上がり、男達の方を向く。
「てめえら、あの土地行くぞ!」
「へい! そのガキは……」
「その辺に転がしとけ!」
「へい!」
 去っていく直山。言葉通り、旭雄は路端に放られた。
 俺は体の痛みも忘れてその名刺に書かれた場所に走った。
 今までの世界とは、縁を切った。
 ただ、剣沢のために。
 そして何年かが経ち、直山と旭雄は対峙していた。地上げ屋の幹部と、殺し屋として。
 事務所の中、二人で睨み合う。
 いや、直山はあの下卑た笑みを浮かべていた。
「ああ、あの時のガキか」
「よく覚えていたな」
「目が変わってない。うちにもそんな目をしたやつ、欲しかったなあ……」
「言いたい事はそれだけか?」
「ああ、もう一つ」
 直山は、どこか虚しそうな笑みを浮かべた。
「お前、儂を殺した後は何のために力を使う。 染み付いた血は、取れんぞ」
 その言葉を聞くと同時に、旭雄は刀を振り下ろしていた。
 直山の胸から血が噴き出し、その体がゆっくりと倒れていく。
 所詮は烏合の衆だ。頭を失えば終わりだろう。
 仕事は終わった。
 復讐も終わった。
 ――俺はこれから何のために強くなるのだろう。
 ――何のために、力を使うのだろう……。

 電話の音で我に返った。
「旭雄だ」
「ああ、俺だ。今夜、例の地上げ屋の奴、頼めるか?」
 馴染みの仲介屋だった。
「分かった」
「詰めて入れちまって悪いな」
「いや」
「お前、なんかいつもと違わないか?」
「何がだ?」
「いや、いつもより嬉しそうだ。普段はあんまり気乗りがしないって感じなのに」
「そうか」
「ああ、まあいらんお喋りだったな」
 そう言って仲介屋は電話を切った。
 ――嬉しそう、か……。
 旭雄は紅椿を鞘から抜いた。
 血で濡れれば、紅椿はさらに美しくなる。
 紅椿も、それを望んでいる。
「お前を血で美しく染め上げるのが、今の俺の理由だ……」
 旭雄は、笑った。

 その夜、家を出たところでまた晴海と出会った。
「よお、完全に憑かれちまったみてえだな」
「ああ、紅椿は血を浴びてこそ美しい」
 旭雄は紅椿を鞘から抜き、月光の中うっとりとその刀身を見つめた。
「また、美しく染めてやるからな……」
 晴海に、斬り掛かる。
「っと」
 晴海はそれをすっと躱した。
 しかし、一歩踏み込んでもう一太刀浴びせかけると、その肩から血が噴き出した。
「ちっ!」
 旭雄は、狂気じみた笑みを浮かべていた。
 人を斬って笑ったのは初めてだった。
 だが、傷は浅い。こんなものでは足りない。
 斬撃を繰り出したが、晴海はそれを全て避ける。
 ――この男、速い……。
「鉄くず長者は諦めて、鉄くず長寿にするわ」
 晴海がぴんっと旭雄の顔を目がけて鉄くずを弾く。
「くっ」
 それを避けるため、斬撃が一瞬止まる。
「おらっ、目え覚ませ!」
 その瞬間だった。
 晴海の回し蹴りが即頭部を打つ。
「ぐうっ!」
 旭雄は凄まじい衝撃で、弾かれたように倒れ込んだ。
「やれやれ、終わったか」
 こちらにやってくる晴海。
 しかし、旭雄は紅椿を手に立ち上がった。
「まだだ」
「マジかよ」
 晴海が顔をしかめる。
 紅椿を美しく染め上げたいという想いが旭雄を強くする。
「もうそんな手はくわんぞ!」
「だろうな」
 近付いてくる晴海に向かって踏み出し、紅椿を突き出す。
 晴海もそれを察したように、即座に後ろに下がる。
 いくら紅椿を振るっても当たらない。
 ――その動きといい、さっきの蹴りといい、この男、相当強い。
 どこかに残っていた旭雄の理性が問い掛ける。
「何が、何が貴様をそこまで強くする?」
 晴海は紅椿を避けながら、笑った。
「守りてえものがあるからだ」
 ――そうだ、俺だって同じだ。あの人を守りたかった。救いたかった。
 本当は直山を殺した時も、剣沢が言っていた正しい理由、正しい力なのか分からなかった。
 それなのに、こうして人を斬る事を続けてきた。
 正しかったのだと、仕事なのだと、強くなるためだと、言い訳を続けて。
 それを、今度は刀のせいにして。
 ――全ては、俺の弱さだ。
「頼む……」
 旭雄は、紅椿を地面に突き立てた。
「俺を、俺を止めてくれ!」
「頼まれなくても、止めてやるよ!」
 晴海の蹴りが旭雄の腹に入る。
 彼は紅椿を手放し、数メートル吹っ飛んだ。
 意識を失う寸前、剣沢の笑顔が見えた気がした。

 意識を取り戻してから、旭雄は路端に立つ晴海の隣に座り込んでいた。
「今思えば、直山を殺した時点で俺は終わっていたのかもしれない」
 そう言って首を振った。
「いや、終わってたんだ。それなのに、自分を正当化して、今度は刀のせいに……」
 地面に突き立ったままの紅椿を見る。
「紅椿を妖刀にしたのは人間の弱さだ。俺の、弱さだ」
 直山の言葉が蘇る。
「染みついた血は、取れん……」
「最後に正気を取り戻しただろ。あれはお前の強さだ。それに」
 晴海はその肩を叩いた。
「染み付いた血が取れないなら塗り直せ。人の笑顔で、な」
「人の笑顔?」
「ああ、用心棒を雇いたいってやつを知ってる。そこで働いてみねえか?」
 晴海は地面に刺さっていた紅椿を抜いた。
「これはもう人の血を求める妖刀じゃねえ。人を守る名刀だぜ」
 晴海への依頼は、妖刀紅椿を回収してほしいというものだった。
 だが、妖刀は名刀になったのだ。
「回収の必要は、ねえよな」
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/07/22(水) 20:40:23|
  2. 没小説
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