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小説『どうか心の片隅に・エピローグ』

 千夜が殺したい相手とは…。そして彼女は日常へと戻っていく。


エピローグ

 目の前に、男が寝ている。

 千夜はナイフを手に、立っていた。

 これを胸に突き立てれば、全てが終わる。

 男が目を覚ます気配はない。

 千夜は、ナイフを振りかぶった。



 そこで、目が覚めた。

「また、夢か……」

 千夜は息をつく。

 彼女は父親と一度しか会ったことがない。

 子供の頃、父親の顔を知らない千夜に母はこう言った。

 ――お父さんはね、お星様になったのよ。

 ああ、父は死んだのか、と子供心に思った。

 父親のいる子供が、羨ましかった。

 たまに遊びに来てくれる祖父はとても優しく、父の日に小学校で父の絵を描かなければならない時は彼の絵を描いた。

 千夜は決して不幸だったわけではない。

 母は厳しくも優しく、愛情を注いでくれた。金銭的な苦労もしなかった。

 ただ、父親の不在は子供には大きかった。

 高校生になってしばらくが経ったある日、千夜は父のことが知りたくて戸籍謄本を取り寄せた。

 名前だけでも知りたかったのだ。母はそれすら口にすることがなかったのだから。

 思えばその時点で気付くべきだったのかもしれない、死んだ夫の名前も出さない母に、不信感を抱くべきだったのだ。

 今という時代はとても便利だ。千夜は戸籍謄本で知った父の名前をインターネットの検索ボックスに打ち込んだ。

 何かの事件で死んだのなら、記事が出てくるはずだ、と。

 エンターキーを押して出てきたのは、大学のホームページだった。彼の名と写真は講師一覧の中にあった。

 どこにも故人という表現は見られない。ホームページは最新のものだ。

 千夜はすぐその大学へ向かった。幸いというべきか、電車で一時間ほどの所にある大学だったのだ。

 大学内で迷っていた千夜に声をかけてきたのは、偶然にも写真で見た父だった。

「あの、私……、千夜です。貴方の、娘の……」

「ああ、千夜か」

 父が自分の名前を呼んでくれた。

 それが嬉しかった。

 何があったのかは知らないが、なんとか母親と和解してもらおう。三人で暮らしたい。母と父と自分、そんな暮らしがきっとできるはずだ。

 そんな子供じみた希望は、打ち砕かれることになる。

「私には家族がいるから、会いに来るな。迷惑だ」

 父はそれだけ言って去っていった。

 ただ呆然としていた千夜のスマートフォンが着信を告げる。

 震える声で出た電話には病院からで、事故にあった母が亡くなったというものだった。

 千夜の中で、何かが壊れた。

 父も母も、失った瞬間だった。

 葬儀が終わった後、祖父に大学でのことを打ち明けた。

 千夜は全てを知った。

 父が母に暴力を振るっていたこと。

 母が千夜を連れて逃げたこと。

 その後、父が再婚したこと。

 祖父はもうあの男と関わらないように言った。

 千夜は頷いた。

 だが、一度ついた殺意の炎は消えることはなかった。

 ――殺してやる。

 その気持ちが、いつも心の中にあった。

 父を殺す夢を何度も見た。

 それでもまだ、踏み留まっていられる自分が不思議だった。

 スマートフォンがメールの受信を告げる。

「誰かなー」

 千夜はメールを確認した。

『大丈夫か? 学校こられそうか?』

 秋葉からだった。

「大丈夫、行くよっと」

 千夜が返信すると、すぐにまたメールが返ってくる。

『帰りにみんなでドーナツでも食いに行こうぜ』

『いいね、でもみんな時間あるの?』

『みんな暇だってさ』

 帰ってきた言葉に、千夜はふふふと笑う。

「嘘つき」

 風切は補習があったはずだし、鷹崎は塾の補講を受けたがっていた。それに呉羽はバイトがあったはずで、原石は柔道の県大会が近い。

 ――まだ踏み留まっていられるのは、ここにいたいから……。

「さ、学校行く用意しなきゃ」

 千夜は起き上がり、日常へと踏み出した。
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/03/25(水) 22:30:35|
  2. 没小説
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