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小説『どうか心の片隅に・第三章』

 事件はようやく解決する。そして水上が千夜に語った言葉は…。


第三章

 翌日の放課後、生物室での授業が終わると千夜は平静を装って立ち上がった。

 これから自分は一体、何を見ることになるのだろうと思いながら。

「あ、千夜」

 原石の声に振り返る。

「ん、何?」

「教室、戻らないのか? 荷物置いてきてるだろ」

 千夜はにっこりと笑った。

「先生に質問があるから、先に戻ってて」

「そうか?」

 生物室から生徒たちが出て行くと、千夜は教卓で教科書などをまとめている国本に声をかけた。

「先生、あの……」

「何かね」

「昨日使っていたハンカチ、返してください。あれは私が香川さんに貸したものです」

 国本は一瞬固まった。

 だが、ぎこちない笑顔を浮かべ、ポケットからハンカチを取り出す。

「ああ、君のだったのか。弓子に借りていてね……」

 千夜はそれを受け取ると、拳を握り締めた。

「先生が香川さんと愛し合っていたというのは、嘘ですよね」

 国本の顔が、歪む。

「何を言っているんだ、私たちは確かに愛し合っていたんだよ。その証拠に……」

「香川さんは、同性愛者だったんです」

 千夜はそのまま言葉を続けた。

「中学時代、校内で女子生徒とキスしていたのを教師が見付けて、問題になったそうです」

「それは、中学生の時のことだろう。高校生にもなれば、それが間違いだったと分かる」

「同性愛を間違いと言っていいのかは知りませんが、彼女は私にキスをしました。それが、彼女が今も女性を愛している証拠です。愛し合っていたというのは、先生の嘘か妄想……」

 国本は千夜の腕を掴んだ。そして引きずるように準備室へ押し込む。

「わっ!」

 床に尻餅をついた千夜を見下ろす国本。

「君に見せてあげよう。私と弓子の愛の結晶を」

 準備室にはホルマリン漬けの生物標本が置いてある。

 国本はその一つを取ると、千夜に見えるよう目の高さに下げた。

「それは……」

 一瞬、何か分からなかった。

 だが、気付く。

 ――胎児だ……。

「この子が、私と弓子の愛の証だ!」

 国本は狂ったように笑う。

「彼女はこの子を堕ろすと言ったから殺した。そして、この子を『保存』した。――いやいや、しかし何故彼女が私を拒んだのかと思ったが、そうか、君が彼女を、唆したのか」

「唆した?」

 千夜は国本を睨み付ける。

「彼女は、助けを求めていたんです! 貴方に犯されて妊娠しても、両親には言えない。一人で抱え込んで……、それが、あのキスだったんだ」

 あの時はただ、好意からくるものだと思っていた。だが今思えば、弓子はすがるような目をしていた。助けを求めていたのだ、ほかならぬ千夜に。

「それこそ、妄想だ!」

「確かに、私の想像です。でも、貴方が香川さんを殺したのは、紛れもない事実です」

 千夜はポケットからスマートフォンを取り出した。それは録音状態になっている。

「確かに言いましたよね、殺したと」

「この……」

 国本はホルマリン漬けを置くと、千夜の胸倉を掴んだ。

「きゃっ!」

「千夜!」

 準備室のドアが開く。

 入ってきた原石が、国本を千夜から引き離すと投げ飛ばした。

「うっ」

 国本は棚に体を打ち付け、呻き声を上げる。

 原石は千夜の手を掴んだ。

「大丈夫か!」

「うん、ありがと」

 千夜は微笑む。

「一人でこんなことしたら危ないだろ! 俺が来なかったら……」

「君なら来てくれると思ってたから」

 千夜の言葉に、原石は顔を赤くする。

「うう……、私と、弓子は……」

 国元の声に、はっとする二人。

 だが、彼は項垂れたままただ呟く。

「愛し合っていたんだ。弓子は私に微笑みかけて、訊いたんだ。愛とは何かと……。それは、私に愛情を教えてほしかったからだろう……」

「ええ、教えて欲しかったんでしょうね。生物学的に、自分が抱く愛が間違っていたのか」

 千夜は、答えた。



 その後、警察に連絡した千夜は署で話を聞かれた。

 彼女はただ、見て聞いたことを話した。――水上のこと以外。

 千夜が解放された時、外は暗くなりかけていた。原石も別室で話を聞かれていたが、さすがに千夜ほど長くはかからず、一旦学校に――恐らく部活絡みの用事があったのだろう――寄って帰るとメールがあった。

「やれやれ、図らずも名探偵になっちゃったよ」

 千夜が一人で呟き、警察署を出ると一台の車が止まった。

「やあ、家まで送るよ」

「お願いします」

 疲れていた千夜は、水上の申し出を断らなかった。

「でも、大丈夫なんですか? 現代の切り裂きジャックがこんな所に来て」

「はは、大丈夫大丈夫。証拠とか残してないから」

「それならいいんですけど」

 水上は運転をしながら話し始める。

「事件を解決した気分はどうだい?」

「不思議な感じです。まるで……」

 千夜は胸を押さえる。

「犯人の殺意と狂気が、私の中に流れ込んでくるような感覚でした」

「そうだ、やっぱり君には素質がある」

「素質?」

「人を殺す――殺人鬼になる素質だよ」

 丁度車が赤信号で止まった。

 水上は千夜の方を向き、笑う。

「君は今、蛹なんだよ。これからたくさんの事件に関わっていき、どんどん殺意と狂気を吸収していくんだ。そしていつか……」

 信号が青になり、水上は前を向いた。

「殺人鬼として、羽化すればいい」

「殺したい人間はいますよ、確かに」

 千夜は事も無げに言う。

「でも私はまだ、この気持ちをどうすればいいのか分からない。――だから貴方の生き様を見せてください。人を殺す者の末路が、どんなものになるのか」

 水上は「ははは」と笑った。

「ああ、存分に見てくれ。そしてどうか心の片隅に、俺の殺意と狂気を留めておいてくれ」

 千夜は黙って頷く。

「さあ、ついたよ」

 車が止まる。もう千夜のマンションに着いていた。

「これからも。俺は君の活躍に期待しているよ」

 降りようとした千夜に、水上は微笑みかける。

 千夜は黙って行こうとしたが、思い出したように振り返る。

「大森さんに伝えておいてください」

「あいつに?」

「頭を撫でてもらったの、嬉しかったです。父親みたいで」

「父親、ね……」

 水上は苦笑した。

「あいつまだ、27歳だよ」
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/03/25(水) 22:28:38|
  2. 没小説
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