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小説『どうか心の片隅に・第二章』

 弓子と付き合っていたことを告白する生物教師。殺人鬼水上の友人の探偵、大森から渡された資料を見て、千夜は真相に辿りつく。


第二章

 翌朝の教室は、昨日とは違った意味でざわついていた。

「香川って妊娠してたんだってー」

 そんな話が耳に入り、千夜は溜め息をついた。

「おはよ、なんか変な噂が広まってない?」

「あー、なんか一年のやつが産婦人科に入っていく香川を見たとかで……」

 原石は頬を掻き、目を逸らす。

「で、その一年は柔道部員なんだね」

「ああ」

 原石も口の軽い後輩に困っているらしい。

「でも全然驚いてない辺り、千夜も知ってたんじゃないのか?」

 秋葉の問いに千夜は頷く。

「通夜の後、香川さんのご両親が話してたのを聞いた」

「じゃあ、マジなんだな」

 風切は「うーん」と腕を組む。

「犯人は二人殺したようなもんだよな。ひでえ話」

「しかし、高校生で妊娠か」

 真面目な鷹崎としては信じられないことらしい。

「ま、してる子はしてるんじゃないの」

 他人事のように呟き、千夜は肩を竦めた。

「今回の事件も、現代の切り裂きジャックなのか?」

 鷹崎の言葉に、千夜はとっさに首を振った。

「違う……、と思う」

 断言しかけた千夜を見て、四人はキョトンとする。

「あ、いや。売春とかしてそうにないタイプだったし」

「ま、確かにそうだけど」

「千夜にしては珍しいな。お前、基本的に他人に興味ないのに」

 秋葉に言われ、千夜は苦笑する。

「ま、こういうこともあるさ」

「ふーん」

「そうだ、千夜」

 原石が思い出したように手を叩く。

「ん、何?」

「今度の日曜日、空いてるか?」

「空いてるけど、どうしたの?」

「いや、水族館のチケット二枚もらって。一緒に行かないかと思ってな」

 言いながら、その顔が赤く染まる。

「何でこのタイミングなのさ?」

「いや、なんか最近お前、難しい顔ばっかしてるから」

 そう言われて、千夜は自分の顔に触れると、

「してる?」

 と、風切に尋ねた。

「ちょっとな」

「そっかー。最近疲れてるのかも」

「じゃあ日曜は……」

「丸一日寝るか」

「おい」

 秋葉がツッコミを入れる。

「冗談だよ。行こっか、水族館」

「ああ!」

 原石は心の中でガッツポーズをし、見ていた三人は同じく心の中で拍手をしたのだった。



 そして日曜日、原石はシャツとジーパンという格好で水族館の前にいた。

「やあ、原石君」

 時間ぴったりにやってきた千夜は、ハイネックノースリーブのシャツにミニスカートという格好。

 いつもの制服とは違う千夜の姿に、原石はドキドキしてしまう。

「お、おう」

「待たせちゃった?」

「いや、来たとこだ」

 実際は三十分前に着いていたのである。

「そっかー。じゃあ入ろうか」

「ああ」

 水族館に入ると、まず大小様々な魚が泳ぐ大水槽がある。

 千夜はそれを見ると目を輝かせた。

「これ好きなんだよねー、なんか神秘的っていうか」

「ああ、綺麗だよな」

「知ってる? 鮫ってちんこ二本あるんだよ」

「ち、ちんことか言うな!」

「あ、ほら、あれあれ!」

「指差すな!」

 そんな調子で、なかなかロマンチックな雰囲気にはならない二人。

「次はクラゲ見たいなー」

「クラゲか、いいな」

「不老不死のクラゲもいるんだってさ。年取っては若返っての繰り返しで」

 そう言いながらクラゲの水槽に向かう千夜に原石は、感嘆の声を上げる。

「お前は色々知ってるな」

「そっかな? 気付いたら色々覚えてたんだよね」

「お前は、凄いよ」

 原石は少し淋しそうに呟く。

「俺とは別次元に生きてるみたいだ」

「やだなー、同じ三次元の生き物だよ、私だって」

 千夜は笑い、水槽の中を漂うクラゲを見つめる。

「クラゲは何考えて生きてるんだろうね。不思議だよ」

「そうだな、不思議だな」

「おや」

 聞いたことのある声に、二人は振り向く。

 背の高い、痩せた中年男性が立っていた。

「あ、国本先生」

 生物を教えている国本春木だった。

「海戸と、君は……」

「原石です」

 担任でもない彼は、原石のことまでは覚えていないらしい。

「デートかな、君たちは」

「あ、いや……」

 原石は照れて口ごもるが千夜は、

「違いますよー」

 と、笑顔で否定する。

「あ、先生、不老不死のクラゲって何クラゲでしたっけ?」

 そして先程の話を持ち出した。

「ああ、ベニクラゲだな」

「そうでした! ベニクラゲは……、ここにはいないみたいですね」

 千夜はいくつかの水槽を見て、残念そうな声を出す。

「普通のクラゲは生殖の後死んじゃうのに、不思議ですよね」

「ベニクラゲはポリプ期に戻れるからな。退行することで命を長らえるんだ」

「面白いですね。不思議な生き物って好きですよ」

 千夜は無邪気に笑う。

 自分と話していた時より楽しそうな千夜を見て、原石はどこか居心地の悪さを感じた。

「あ、俺、ちょっとトイレ行ってくるな」

 しかし強引に千夜を連れて行くことはできず、逃げるように手洗い場へと向かう。

「はーい」

 千夜は手を振ると、クラゲを見つめる。

「ベニクラゲはいいなあ。私も不老不死になりたいなあ」

「しかしベニクラゲも捕食されれば死を迎える。完全な不老不死というものはないのかもしれないな」

「殺されれば死ぬんですね。生き物ってみんな死んじゃうんだ」

「弓子も、そうだったな」

 唐突な言葉に、千夜は国本の顔を見た。

「彼女が妊娠していたという噂が広まっているが、あの相手は私だ」

 千夜は何と言っていいか分からず、ただ無言で言葉の続きを待つ。

「私たちは愛し合っていた。彼女が死んでも、その愛だけは永遠に残る」

「何で、そんなことを私に話すんですか?」

「知っていてほしかったんだよ、誰かに。私たちが愛し合っていたことを」

 そう言うと、国本は目元を水色のハンカチで拭った。

「はあ……」

 千夜はとりあえず頷いた。

「君は噂好きのお喋りな生徒とは違うと思ったからね」

「そうですか?」

 千夜は頭の中で考えを巡らせる。

 ――まさか、国本先生が……。

「おーい、千夜!」

 原石が戻ってくると、国本は別れの言葉も告げず、千夜に背中を向けて去っていった。

「あ……、うーん、まあいいか」

 千夜はそう呟いて、原石に手を振る。

「おかえり」

「ただいま。あ、これ」

 原石は売店の小袋を千夜に手渡す。

「なに?」

「いや、クラゲ好きみたいだから」

 開けてみると、クラゲのキーホルダーが入っていた。プラスチック製で透き通っており、千夜好みのものだ。

「君もこういうテクニックを持ってたんだね」

「は?」

「いや、ありがとう。大事にするよ」

 千夜は微笑み、バッグにそれを付けた。



 その後はペンギンを見たりイルカショーを見たり、と本当にデートのような時間を過ごした。

 そして千夜は、夕方の帰り道を歩いていた。

 夕方の街は夜とは違う淋しさを感じさせた。

「帰ったら一人かー、つまんないなー」

 小さく呟く。

「それなら、俺と一緒にドライブでもしないかい?」

 その声に、はっと車道を見る。

 黒い軽自動車の窓から、水上が顔を出していた。

「結構です」

 殺人鬼の車に乗るなど、さすがの千夜も恐ろしくてできない。

「そう? でも気にならないかい、俺が君の名前を何故知っていたか。――ちなみに、住所も知ってるけど」

 その言葉に千夜ははっとする。

 そうだ、この男は何故か自分の名前を知っていた。しかも、住所まで……。

「分かりました。乗ります」

 千夜がそう言うと、水上はにっこりと笑って助手席のドアを開けた。

 千夜が乗り込むと、

「可愛い服だね、よく似合ってるよ」

 などと言ってくる水上。どこまで本気なのか分からない。

「どうも。で、どこに行くんですか?」

「ん? 俺の友人のところ」

「水上さんの、友人?」

 殺人鬼の友人ということは、殺人鬼だったりするのだろうか。

 千夜は膝の上で拳を握り締める。

 とにかく、殺されないように気を付けよう、と思った。

 とはいえ、か弱い女子高生にできることなど知れているのだが。

 車は市内のビジネス街を走り始める。休日だというのに、多くの人が行き交っていた。

「日曜ぐらい休めばいいのに」

 千夜がぽつりと呟くと、水上は笑う。

「大人はそうもいかないもんだよ」

 そう言うと、高層ビルの地下駐車場に車を止めた。

 そしてエレベーターに乗り、十階のボタンを押す。

 密室で二人きりという状況に落ち着かず、千夜は髪をいじりながら到着するのを待った。

 扉が開くと、水上は千夜の手を取り、「さあ、行こう」と廊下を進んでいく。

 法律事務所などの前を通り過ぎ、水上が止まったのは『大森探偵事務所』というプレートのかかったドアの前だ。

 水上がノックすると、低い声で「ああ」という返事。

「やあ、大森。頼んでた資料は集まったかい?」

「大体な」

 ガラス張りの壁を背にしたデスクに座っていた男が立ち上がる。

 その背は190センチ以上あるだろう、黒髪をオールバックにした彼は筋骨隆々とした体付きをしており、胸筋がワイシャツを押し上げている。

 千夜は威圧感を覚えながらもその男を見つめた。

「こいつは大森和夫。俺の友人でここの所長」

「この子がお前の言ってた子か?」

 大森は千夜の目の前に立つと、見下ろした。

 千夜も彼を見上げた。

「海戸千夜です、水上さんとは……」

 何と言えばいいのだろう。そもそも大森は水上が殺人鬼ということを知っているのだろうか。

 混乱しつつも、一つは謎が解けた。水上が千夜のことを知っていたのは、探偵である大森が調べたからなのだろう。

「水上に巻き込まれたんだろう、君は」

 大森はそう言って溜め息をついた。

「お前が好きそうなタイプだな」

「巨乳黒髪女子校生だからね」

「きょ……」

 胸に視線を感じるのには慣れていたが、男に面と向かって巨乳と言われたのは初めてだった。千夜は自分の胸を押さえる。

「でも、お前もこういうタイプ好きだろ。放っておけないやつが大好きなお節介だもんな」

 水上は大森をからかうように言う。

 ――放っておけないって、私のことか?

 自分ではしっかりしているつもりなのだが、と首を傾げる。

「ああ、まあな」

「否定しないし」

「とりあえずは飯だ」

 大森は突然そう言い、奥にある生活スペースらしき部屋に入っていく。

 千夜が水上を見ると、

「あいつ料理うまいから、食べていくといいよ」

 という返事。

「はあ」

 いつもならコンビニで弁当を買うかファミレスに寄るかなのだが、千夜は水上の後について部屋に入った。

 キッチンとリビング、それだけの簡素な部屋だった。

 大森はローテーブルに三人分のオムライスを並べる。

「オムライス……」

 千夜はピクリと反応する。

「好きな食べ物はオムライス、で合ってたな」

 大森は千夜を見ると、座るように促す。

「はい」

 確かにそれは千夜の大好物だ。彼女は警戒心を解き、出された座布団に座る。

「まだ成長期なんだ、コンビニ弁当だけじゃなくちゃんとしたものを食った方がいい」

 大森は難しい顔でそう言い、自分も座る。

 水上も座り、「じゃあ、食べようか」と千夜を見る。

「あ、はい。いただきます」

 千夜は手を合わせると、スプーンを手にした。

 オムライスを口に運ぶと、その顔に笑みが浮かぶ。

「おいしい!」

 玉子はふわふわと柔らかく、デミグラスソースの量も丁度良い。

「それなら良かった」

 大森は笑顔を浮かべることもなく言う。

「これでもこいつ、喜んでるんだよ。いっつも無愛想だから」

「こんなおいしいオムライス食べたの久しぶりですよ。ファミレスのもコンビニのも無駄に味が濃くていまいちだし」

 千夜は感嘆の声を上げ、ぱくぱくとオムライスを食べた。

 大森と水上は自分たちも食べつつ千夜を見ている。

「ごちそうさまでした」

 食べ終わった千夜はきちんと手を合わせると、大森に「ありがとうございました」と頭を下げた。

「俺は君みたいなのが放っておけないだけだ」

「生活態度にうるさいんだよ、こいつ。大学時代の下宿先でもうるさくてね」

「あー、大学時代のお友達だったんですね」

 ということは、大森は水上が殺人鬼ということは知らないのかもしれない。だとしたら、彼は安全という可能性もある。

「そうだ、水上。また殺しただろう」

 大森の言葉に、千夜は目を瞬かせる。

「どれのことだい?」

「昨日の女子高生だ」

「ああ、あれか」

 軽く交わされる会話に、千夜はぽかんと口を開けた。

 ――大森さんも、水上さんのやってることは知ってる。

 ここでまともなのは、自分だけかもしれない。

「ああ、千夜。勘違いしないでくれよ」

 水上は千夜の肩をポンポンと叩いた。

「大森は知ってるだけで、誰も殺したことはない。まともじゃないのは俺と君だ」

「私も、ですか」

 千夜は心外だと水上を見つめる。

「それより、何で私をここに連れてきたんですか? まさか食事をさせるためとかじゃないですよね?」

「半分はそれかな、大森が君にちゃんとしたものを食べさせるって聞かなかったから」

「じゃあ、後の半分は?」

「大森、言ってたやつ」

 水上が言うと、大森は「ちょっと待ってろ」と事務所スペースへ移動した。

 そして、大判の封筒を持って戻ってくる。

「香川弓子の情報だ」

 そう言って、封筒を千夜に手渡す。

「香川さんの……」

 千夜は水上を見た。

「全てを君に丸投げは悪いかと思ってね。これくらいはしようかと」

「はあ……」

「さあ、そろそろ帰ろうか。君もあまり遅くなると困るだろう?」

 千夜は時計を見る。九時だった。

「そうですね。ごちそうさまでした、大森さん」

 立ち上がり、大盛りにお辞儀をする。

「また食べに来い。あまりコンビニ弁当ばかり食うな」

 大森はその頭を撫でた。

「はあ……」

 千夜は曖昧な返事をすると、水上と共に事務所を出た。

「探偵のお友達がいるなら、香川さんのこともなんとかできるんじゃないんですか?」

 車に乗ってから、千夜は水上に問いかける。

「あいつは推理とかするタイプじゃないからなあ。それに俺は、君にこの事件を解決してほしいんだ。他の誰でもなく」

「そう、ですか……」
 水上の真意は測れない。

 二十分ほどで千夜のマンションに着く。大森の事務所からはそう遠くはなかったのだ。

「これ、俺と大森の連絡先。何かあったら連絡してくれよ。あいつの方も、遠慮しなくていいから」

 水上は携帯の電話番号が書かれたメモを渡すと、去っていった。

「遠慮しなくていい、か」

 千夜は息をつき、自分の部屋に戻るとリビングのソファに腰を下ろした。

 そしてバッグから、封筒を取り出す。

「香川さんの情報、ね」

 中の書類に目を通す。

 ――家族は父と母。中学は……。

「あれ、結構遠いとこ通ってたんだ。つか、その中学って中高一貫じゃん。何でわざわざ晴常に……」

 その書類には、弓子が中学で起こした『問題行動』についても書かれてあった。

 千夜はそれを見て、気付く。

「だから、『死んでまで迷惑をかけて』だったのか……」

 全てが、見えてきた気がした。
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/03/23(月) 22:16:53|
  2. 没小説
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