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小説『空がとても青いから・第二章』

 『空がとても青いから』第二章です。明里の担任教師竹井が殺害され、風切は不穏な噂を聞く。


第二章

 空が青い。やっぱり屋上は良い場所だ。

「ねえ、風切先輩」

「何だ?」

 風切は隣でフェンスにもたれかかっている明里の顔を見た。

「この空は、青過ぎて溺れそうですよね」

 明里の体が、煙のようにフェンスをすり抜けていく。

「なっ!」

 風切は慌てて彼の手を掴もうとした。

 だが、その手はフェンスに阻まれる。

「だから俺は、死ぬんです」

 明里はそう言うと、あの時と同じように風切の方を向いたままゆっくりと倒れていく。

「待てよっ!」

 その言葉が届いたかどうかは定かではない。明里の体は、暗く深いどこかへと向かって落ちていった。



「はっ!」

 風切は荒い息をつき、体を起こした。

 ここは屋上ではない。アパートの一室だ。

「夢か……」

 六畳一間の古いアパート。その201号室は風切の住まいである。

「今、何時だ」

 枕元に置いたスマートフォンで時間を確認すると、液晶画面は六時半を示していた。

 カーテンを開けると、外はもう明るい。

「目え覚めちまったし、もう学校行くか」

 風切はそう呟き、Tシャツとトランクスという格好のまま台所に立つ。

 流しで顔を洗い、そのまま簡単な朝食の用意を始めた。

「玉子あるし、フレンチトーストにでもすっかな」

 冷蔵庫を開ける彼の両親はもういない。

 母は小学生の時に出ていき、父親は中学生の時に他界した。

 借金こそ無かったものの、残された貯金は微々たるもので、風切は週三回のバイトでなんとか生計を立てている。

 ――そういうとこ、明里とちょっと似てるんだよなあ。

 だからだろう、風切としては余計に明里のことが気になるのだ。

 出来上がったフレンチトーストを座卓に置き、コップに牛乳を注ぐ。

「いただきます」

 我ながらここ数年で料理の腕は上がったと思う。

「誰かおムコにもらってくんねーかな、なんて」

 一人で冗談を言う自分に苦笑した。

 食べ終えると、皿とコップを流しに置く。洗うのは帰ってからだ。

 風切は学ランに着替え、解いていた髪をまとめる。

「さ、行くか」



 風切のアパートから晴常高校まではバスで十五分程度だ。

 いつもより早く起きたためかバスは空いており、今日は座ることができた。

 ぼんやりと海の見える景色を眺めていると、サイレンを鳴らしたパトカーが追い越していくのが見える。

 ――何か、あったのか?

 胸騒ぎがした。

 ――まさか、晴常高校に向かってるとかじゃないよな……。

「次は、晴常高校前―」

 そのアナウンスを聞き、風切は慌てて降車ボタンを押した。

 バスは晴常高校から十メートルほど手前のバス停で止まり、風切は定期をかざすとバスを駆け降りた。

「おいおい……」

 二台のパトカーが晴常高校の前に停まっている。

 まだ七時半にもならない今、生徒はそれほどいない。いるのは朝練か日直の仕事がある生徒ぐらいだろう。

 そんな彼らは、一箇所に集まっている。

 ――校庭。

 南校舎に面したそこは、明里と死んだのと同じ場所だ。

 風切はごくりと唾を飲み込んだ。

 嫌な汗が噴き出る。息が、うまくできない。

 それでも彼は、何が起きたのか確かめるため、そこに向かった。

「風切!」

 生徒たちの中からこちらに手を振っているのは、柔道着姿の原石だ。

 友人の姿を見付けて少しほっとした風切は、そちらに駆け出す。

 原石は押されながらも群れから出ると、その肩を掴んだ。

「来ない方がいいぞ」

「何があったんだ?」

「去年俺たち、竹田に化学習ってただろ」

「ああ」

 とても、嫌な予感がした。

 原石は一呼吸置いて告げる。

「竹田が、死んでる」

 風切は生徒の群れに向かって走った。

「あ、おい!」

 原石の声ももう耳に入らない。現場を囲んでいる生徒たちを押しのけ、前へ出る。

 丁度、刑事たちが遺体を運び出すところだった。そちらにはあえて視線をやらず、地面を見る。

 立ち入り禁止のテープが張られているためこれ以上前には行けないが、竹田の最期の姿を象った白いテープと地面に染み込んだ血が、よく見えた。

 上を見ると、屋上にも刑事たちがいる。

 つまり竹田は、明里と同じように屋上から転落したのだ。

 全く同じだ。南校舎の屋上から、校庭に落ちた……。

「ねえ、これって自殺?」

「殺しじゃねえの?」

 周りの生徒たちの声が耳に入ってきた。確かなことはまだ分かっていないらしい。

「何で……」

 風切はぽつりと呟いた。

「何で、あんたまで……」

「おい!」

 大きな野太い声が、生徒たちの注目を地面から逸らす。風切も我に返った。

「お前ら、教室に戻れ! 朝練中の生徒もだ!」

 体育教師、田代和弘だった。

 大柄で浅黒い肌をした三十代後半の教師の威圧感は生徒たちには抜群で、彼らは渋々ながらも解散していく。

 だが、風切はそこを動けなかった。

「おい! お前もだ!」

 大股で風切の隣にやってきた田代。風切はそちらを向くと、思わず問いかけていた。

「殺されたんっすか? それとも、自殺……」

 田代は眉間に深く皺を刻み込む。

「教室に戻れと言っとるんだ! 深入りするな!」

「俺たちにだって、知る権利はあるでしょう!」

 風切は田代に喰ってかかる。

「貴様、教師の言うことが聞けんのか!」

 田代が風切の胸倉を掴もうとしたところに、原石が割って入った。

「落ち着いてください、先生! 風切も、今はとりあえず教室行くぞ、な?」

 田代に何か言う間を与えず、原石は風切の腕を掴んで駆け出した。

 駆け出した先は教室ではなく、北校舎の更に北にある運動部の部室棟だった。

「教室行くんじゃなかったのかよ」

 柔道部室――荷物を置いたり着替えをしたりするのに使われている部屋だ――に入った風切は、原石に問いかけた。

「制服に着替えないといけないからな」

 原石はそう言うとロッカーを開け、着替え始める。

 そして、言葉を続けた。

「俺たち六時頃から朝練やってたんだけど、六時半頃騒ぎが起きた」

「六時半頃か……」

「遅れてきたせいで現場を目撃しちまった後輩の話だと、悲鳴が上がったらしい」

 明里は、悲鳴など出さずに落ちていった。

「事故か、他殺?」

「その後輩は、慌てて屋上を見たんだ。そしたら……」

 原石は一瞬間を空けた。

「よく見えはしなかったが、誰かいたんだと」

 風切は、はっと顔を上げる。

「そいつが、突き落としたってことか?」

「分からん。でも、可能性はあるよな」

「そう、だな……」

 原石は制服に着替え終えると、

「さ、とにかく教室に行こう。またどやされるぞ」

 と、言った。

「ああ、そうだな」

 風切も、その言葉に抗うことはしなかった。



 教室に二人が戻った時には、もう千夜たちも登校していた。

「竹田が殺されたって?」

 ざわついている中、秋葉が声を落として尋ねる。

「何で殺されたって知ってるんだ?」

「二年のやつらが言ってた。柔道部の男子が屋上に誰かいるのを見たから、そいつが犯人だろうって」

「ぺらぺら喋る内容じゃないだろうに」

 原石は後輩の不始末に呆れた声を出し、椅子に座る。

「まあしょうがないんじゃない? 話したくなっちゃうよねー」

 千夜は至って他人事といった様子。

「笑っている場合か。しかし、この件は明里の自殺と関係があるのか?」

「俺もそれが気になってたんだよ」

 風切は鷹崎の方を向き、頷いた。

「関係ないってことはないだろうね。明里君の担任が殺されたとなると……」

 千夜の言葉を遮るように、教室の扉がガラガラと開いた。

「おーい、みんな静かにしろー」

 入ってきたのは三年一組の担任、天川晴紀だ。

 四十半ばの彼は田代と変わらないほど大柄だが、担当は英語である。だらしない服装や無精髭は教師と思えないが、気さくで生徒から好かれている。

 生徒たちは一応静かになったものの、妙な空気は残ったままだ。

 天川は「あー……」と困ったような声を出し、頭を掻く。

「落ち着けってのは無理だろうな。とりあえずみんな知ってるだろうが、竹田先生が亡くなった」

 ざわつく生徒たちに、天川は「一回静かにしろ、な?」と言い、咳払いをした。

「隠そうとしても無理だろうから言うが、殺されたらしい。今、現場を見た生徒が刑事さんと話してる」

 誰かが小声で、「マジかよ」と呟いた。

「ああ、マジだ。これからこの学校に警察やマスコミが来るかもしれないが、あまり噂や憶測で勝手なことは言わないように」

 生徒たちは顔を見合わせながら頷く。

「どこのクラスでも今は臨時のホームルームをやってるから、授業は二時間目になるだろうな」

 さすがに一時間目が潰れて喜ぶ生徒はいなかった。

「俺が言えるのはこれくらいだ。一応、質問があるやつは手を上げろ」

「先生」

 風切は、誰よりも早く右手を上げた。

「竹田……、先生が殺されたのは、明里の自殺と何か関係あるんっすか?」

 彼は真面目に聞いたつもりだったが、天川は溜め息をつく。

「そういうのが憶測っていうんだぞ」

「でも、無関係とは……」

「関係があるとは言い切れないだろ」

「う……」

 風切は言葉に詰まる。

 しかし、これがただの偶然とは思えない。

「他はどうだ?」

 風切以外に手を上げる生徒はいなかった。

 天川は息をつくと、真剣な顔をした。

「ここのところ事件が続いてみんな動揺してると思う。でも、そんな時だからこそ自分が何をすべきか冷静に考えるようにな。俺たちは職員会議があるから職員室に戻らなきゃならない。騒いだりせず、自習しておくように」

 そう言うと、彼は教室を出て行った。

 その後は当然、真面目に自習とはならない。生徒たちは近くの席の者たちと、「やっぱり殺されたんだ」とか、「でも何で
……」などと話し出す。

「明里の自殺と関係ないってことは、ないよな」

 風切はぽつりと呟く。

「そりゃそうだろ。関係ない方がおかしい」

 秋葉はそう言うと、溜め息をついた。

「首突っ込んでいいのはここまでかもな」

「どういうことだよ、秋葉」

 風切は振り向き、問いかける。

「いや、事が殺人に及んだ以上、後は警察の仕事かと思って」

「秋葉の言う通りだ。俺たち高校生がやれることなんてたかが知れてる。それ以上に、殺人事件に首を突っ込むということは、危険が伴うだろう」

 鷹崎の言葉に原石も頷く。

 千夜は「まあねー」と苦笑するが、その本心は読めない。

「そう、か……」

 ――そう、だよな……。

 風切は高校生で、しかも留年ギリギリで、『犯人探し』という子供じみた冒険心に浸っている場合ではないということを思い知った。

 それが分からないほど、風切は子供ではない。

 ――俺にできることなんて、最初から無かったんじゃないか……。

 明里の自殺と竹田殺しが関連しているならば、警察が調べていくうちに明里のことも分かるはずだ。

 ――俺たちは、きっと真相をニュースで知ることになるんだ。

 風切は「ははっ」と笑ってみせた。

「ああ、俺、自分のことで精一杯なの忘れてたぜ。今日はさすがにバイト休めねえし」

 その言葉に、鷹崎はどこかほっとしたようだった。



 放課後、今回は明里の時のように警察に話を聞かれることもなく、風切はバイト先へ向かった。

 彼のバイト先は学校からバスで三十分ほどのところにある鷲尾金融事務所である。

「どもっす、鷲尾さん」

 三階建てのこじんまりしたビルの二階にあるドアを開けると、窓際のデスクに座った金髪の男が「おう」と手を上げた。

 白いスーツにサングラスという格好の彼が、所長の鷲尾大和。二十歳にして小さいながらも金融事務所を経営している手腕は大したものであろう。

 鷲尾は風切が中学生の時の先輩だった。卒業してからも風切のことを気にかけ、バイトとして雇ってくれている。

 取立てなどの荒い仕事ではなく事務仕事だが、普通のバイトよりもいい額をくれる彼に風切は感謝していた。彼がいなければ、高校に通うことも危うかっただろう。

 狭い事務所には、所長の鷲尾の物以外にデスクが四脚ある。その一つに座った風切は、

「先輩たちは外回りっすか?」

 と訊いた。

「ああ、取立てに行ってる」

 鷲尾は答えると、胸ポケットから煙草を取り出し一服する。

「お前も吸うか?」

 風切は苦笑した。

「高校入ってから禁煙したんで」

「ああ、そうだったか。高校といえば、大変らしいな、晴常」

「はい、そうなんっすよ。自殺に殺人に……」

「それにドラッグだもんなー」

「ドラッグ?」

 思わぬ単語に、風切はぽかんと口を開けた。

「何すか、ドラッグって?」

「ん? あれだよ、覚醒剤とかさ」

「いや、それは分かりますけど、うちの学校で?」

 今度は鷲尾が狐に摘まれたような顔をする。

「まさか生徒のお前らが知らないとはな。俺らのっつーか、ちょっとヤバい業界では噂になってるぜ。晴常でドラッグが出回ってて、使ってたやつが退学になったとか」

「先月退学になった生徒がいたとは聞きましたけど、確か自主退学だったはず……」

「あー、学校側はそういうの隠してえんだな。事なかれ主義ってやつか」

 風切は鼓動が高鳴るのを感じた。

「ちなみに、ドラッグの噂っていつ頃聞きました?」

「んー、お前が三年になる頃だったかな」

 ――まさか……。

 風切は頭を押さえた。鷲尾の「どうした?」という声に返事をする余裕もない。

 ――まだだ。まだ、俺にはできることがある。
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テーマ:オリジナル小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/03/14(土) 22:55:36|
  2. 没小説
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