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小説『殺人鬼アイドル』

 コロシヤンラプソディー二話目です。以前のものと少し変わっております。
 敵はカリスマアイドル殺人鬼


『殺人鬼アイドル』

 朝の七時、時雨は目覚まし時計のベルの音で目を覚ました。

 本棚に医学書をきちんと収め、それ以外にあるのは観葉植物程度。そんな小ざっぱりした部屋が時雨の寝室だ。

 白いパジャマ姿の時雨がベッドから出てカーテンを開けると、朝の日差しが差し込んできた。

「気持ちの良い朝ですね」

 そう独り言ち、寝室を出て洗面所で顔を洗う。

「さて、朝食を作りますか」

 リビングに入ってダイニングキッチンでハムエッグを作る。朝は洋食派だ。

 ハムエッグは二人分。少し前までは一人分で済んだのに、と溜め息をつく。

 ダイニングテーブルに二人分の朝食を置くと、時雨はもう一度溜め息をつき元々客間として使っていた部屋のドアをノックした。

「紗々さん、朝食ができましたよ。起きてください」

 返事がない。

「入りますよ」

 そう言って中に入ると、ベッドで毛布を抱き締めるようにして眠っている紗々の姿が目に入った。

 彼女がここに来て一週間ほどが経ったが、すっかり住み着かれてしまった。

 時雨の部屋とは対照的に、紗々が使っている部屋は本棚こそあるものの入りきらなかった本が床に溢れている。心理学書だけではなく、漫画や小説、更に成人指定の本まで無造作に散らばっていた。

 ちなみに時雨が一番引いたのは、なかなか分厚い黒魔術の本だ。

 ――使うつもりですか。っていうか、誰に使うんですか、黒魔術……。

 まあ、それは置いておいて。

「紗々さん、起きてください」

 時雨は本を踏まないように注意してベッドに近付き、紗々の肩を揺すった。

「んー……」

 紗々はまだ夢の世界を彷徨っているらしい。

「紗々さんってば」

 強く揺すると、紗々の黒いタンクトップの肩紐がずれ、豊満な乳房の片方がほとんど露わになった。

「つっ!」

 同性だというのに時雨は顔を赤くし、すぐにそれを直した。

 だが紗々は寝返りを打ち、今度はショートパンツから覗く肉付きの良い太ももが露わになる。

「うーん、あと五分……」

 半ば寝言でそんなことを言う紗々に、時雨は溜め息をついた。

「ハムエッグにはラップをかけておきますから、パンは自分で焼いてください。私は仕事に行かなければいけないので」

「はーい」

 紗々は理解しているのかどうか、適当に返事をすると再び寝息を立て始めた。

 時雨はリビングに戻ると、パンを焼きながらコーヒーを淹れた。

「どうして私があの人にドキドキしてるんですか……」

 時雨は四度目の溜め息をつき、自らの平坦な胸を押さえた。

「というか、私たちは本当に同じ女という生き物なのでしょうかね……」



 昼になり、午前の診察を終えた時雨はいつも通り食堂に向かう。

「よう、藍澤先生も今から昼飯か?」

 後ろからポンと肩を叩かれ、時雨は振り返った。

「ああ、笹原先生。ご一緒しませんか?」

「おう」

 二人で食堂に入る。晴空病院の食堂は簡素で、高校や大学のものとさほど変わらない。最近は病院に洒落たレストランもあるものらしいが、晴空病院の財政ではそうもいかないのだ。

「お、ワイドショーで芸能特集やってんじゃん。テレビに近い席取ろうぜ」

 カレーうどんを手にした笹原の言葉に、時雨は頷いた。

 テレビが一番近くで見られる席に陣取った笹原の隣に、時雨は天ぷら蕎麦を置く。

「ご執心のアイドルでもいるのですか?」

 時雨は割り箸を割りながら尋ねた。

「いや、ただの情報収集。俺は恋愛禁止のアイドルより、恋愛OKの合コン美女派だぜ」

「ああ、なるほど」

 そういえば、笹原は合コンに行くことが多い。情報収集というのも、そこでの話題作りのためなのだろう。

「貴方、合コンの勝率はどうなんです?」

「おいおい、俺に彼女ができたなんて噂、聞いたことあるか?」

 どうやら全敗らしい。

「こっちが医者だって時点で、向こうが設置するハードルの高さが半端ねえことになってんだよ。勤務医には金も時間もねえっての」

「それには同意しますね」

 時雨がそこそこ高級なマンションに住んでいるのは『副業』があるおかげだ。勤務医の現状は笹原の言う通りである。

「で、今の流行りはどうなんです?」

 芸能情報に疎い時雨は、テレビを見ながらカレーうどんを啜る笹原に訊いた。

「んー、やっぱ川野ライムだろ。ほら、この子」

 笹原が指差す画面には、ウェーブした黒髪をショートツインにした美少女が映っている。

「ああ、CMで見たことがあります。そんな名前だったんですね」

 記憶にあるのはリップクリームのCMだ。『カリスマ的な唇で、みんなの視線を釘付けに!』というフレーズに対して、「どうせ男性が見ているのは胸なんでしょう」と一人で呟いたものだ。

「そんなに歌がうまいんですか? この子」

 人気ということは、そういうことかと時雨は首を傾げる。新曲のPRをしているようだがどうもピンと来ない。

「いや、歌は別に」

「ではダンス?」

「それも普通だ」

「容姿ですかね?」

「ちょっと胸が小さいんだよなー」

「あれでですか?」

 Bカップはありそうなライムの胸を見て、時雨は眉間に皺を寄せた。

「しかし、何故それで流行るんです? 人並みじゃないですか」

 時雨がそう言った時、画面がスタジオに変わり、芸能コメンテーターが「ライムちゃんにはカリスマ的オーラがありますね」と言った。

「それだよ。何でかファンを惹き付けるオーラがあるんだと」

「オーラ、ですか?」

「カリスマ性ってやつだろ、コメンテーターが言ってる通り」

「なるほど」

 とは言ったものの、時雨にはいまいち理解できなかった。

「貴方も感じます? カリスマ的オーラとやら」

「いや、俺はあんまり興味ねえし。オーラってスピリチュアルだろ? もっとフィジカルな面を重視したい」

「つまり体目当て、ということですね」

「なんか刺さる言い方だな」

「事実でしょう」

「否定はしない」

「まったく」

 時雨は苦笑した。

「まあ、次の合コンはうまくいくよう祈っていますよ」

「そいつはどうも」

 今日も笹原の白衣にカレーうどんの染みは無かった。



 その夜、時雨が帰宅すると玄関に男物の革靴があった。

「おや?」

 紗々の来客だろうか。

 ――しかし感心しませんね、勝手に男性を部屋に上げるとは。

 一応ここの家主は自分である。紗々にはもう少し遠慮というものを覚えてもらいたい。

「あの、紗々さん」

 時雨はリビングのドアを開けると目を丸くした。

 ソファで、紗々と見知らぬ男が絡み合っていたのだ。

 時雨からは男の大きな背中とその腰に絡み付く紗々の素足しか見えないが、何をしているかは明白だ。

「ナニを、してるんですか!」

 時雨は壁をダンっと殴った。

 男は慌てて体を起こし、振り返る。ワイシャツにズボン、と服は着ているものの、ボタンは三つほど外れ、ネクタイも解けている。

「んー、お帰り、時雨さん」

 言葉を探しているらしい男に抱き付くようにして、紗々も体を起こす。こちらもタンクトップにショートパンツという朝のだらしない格好のままながら、一応服は着ていた。

「あ、その、すまん……」

 三十路であろう熊のような大男――190センチはあるだろう――はその体をできるだけ小さくして、申し訳なさそうな声を出す。

 茶色の髪をオールバックにし、無精髭を生やした彼は見た目こそ厳ついものの、その様子から察するに気は大きくないらしい。

 一方紗々の方はというと悪びれる様子もなく、男に抱き付いたまま、

「時雨さーん、お帰りって言われたらただいまって言わなきゃ。挨拶は人間関係の基本だよ」

 などと言う。

 時雨はこめかみに青筋を浮かべながら、

「ただいま帰りましたが、貴女は一体何をしているんでしょうね。とりあえず正座して説明してください」

 と、一息で言い切った。

「正座は嫌だなあ。とりあえず、彼は人留献也。私の『友人』で、探偵だよ」

 紗々はへらへらと笑い、人留の頬を指でつついた。

「ほう、彼がお話にあった探偵さんですか。しかし……、友人?」

 時雨の中では、友人と服を乱して絡み合うというのは非常識ということになっている。

「友人……、の人留だ」

 人留はボタンを留めてネクタイを直すと、紗々を引き離した。

 ――人留さんの方は友人という関係が不満なようですね。

 第一印象は最悪だったが、人留の様子を見ていると悪い人間ではないようだ。時雨は警戒を解いた。

「ちなみに、今は情報をもらったお礼をしようとしてたところだったんだけど、また今度になっちゃうね」

 紗々は人留に媚びるように擦り寄る。

「俺は……、礼なんていらん……」

 人留は顔を赤くして紗々を押し返した。

「さっきまでやる気満々だったくせに。ふふ、君は妙に真面目だね」

「お前は全く……」

 二人の関係は気になったが、それ以上に時雨の興味を惹くワードがあった。

「情報、とは?」

「殺人鬼の情報。お仕事だよ、時雨さん」

 紗々がローテーブルに置いてあった茶封筒を視線で示す。

 時雨はようやく棒立ち状態から解放され、茶封筒を手にした。

 中身を取り出すと、写真と数枚の書類。その写真に写っていたのは……。

「川野ライム?」

 今日笹原と話していたアイドルだった。

「ふふ、さすがに君も知ってるかー。有名だもんね」

「お前の言う通り、殺人事件が起こった時期とライムがCDを出した時期は一致してる」

 人留は紗々の方を向き、そう言った。

「CDを、出した時期?」

「そう、正確にはオリコン入りしたCDが出た時期だね。サイクルがあるんだ。そこそこしか売れなかったシングルが二枚続いた後、殺人事件が起こる。そしてその後出した曲は大ヒット」

 そう言って、紗々は指をパチンと鳴らした。

「ちょっと待ってください。それだけの理由で……。しかもこれによると彼女は四人も殺害していることになります。素人が人を四人も殺してノーマークでいられますか?」

 時雨は半信半疑で尋ねたが、その問いには人留が答える。

「塚村圭人ってマネージャーが曲者なんだ。ホームレスに金を払って代わりに出頭までさせてる。確実な情報だ」

「そこまで突き止めたなら、警察に……」

 紗々はともかく、人留はどうなのだと視線をやる。

「その情報をくれたのがヤバい筋のやつでな。俺まで捕まりかねない」

 その渋い表情から察するに、彼は紗々より善人らしい。

 だが何にせよ、これが事実ならば時雨が引くわけにはいかない。

「彼女の殺し方は……、改造スタンガンですか」

「そう、一撃で死ぬ電圧だ」

「一撃でも喰らったら終わり、ということですね」

「そう。君ならどう戦う?」

 紗々はニヤリと笑みを浮かべた。

 ――これは貴女のためのショーではありませんよ。

 そう言いかけたが、またのらりくらりと躱されるだろうと思った時雨はその言葉を飲み込んだ。



「結局、貴女と人留さんはどういう関係なんですか?」

 気まずそうに人留が帰った後、ダイニングテーブルで書類を読んでいた時雨は、ソファで寛いでいる紗々に問いかけた。

 紗々は「意外と俗っぽいことを気にするね」と笑い、少し考える仕草をした。

「やっぱり友人としか言いようがないな」

 あっさりとそう言われても合点がいかない。まあ、一番合点がいっていないのは人留なのだろうが。

 とはいえ、この話を続けるのも不毛な気がして時雨は話題を変えた。

「じゃあ、あの金の出処はどこです?」

「あの金って?」

「私を買った金ですよ」

 自分の言葉ながら、嫌な言い方だと思った。

 あくまで紗々が雇い主、自分は商品――それを再確認したような気分だ。

「一年ほど前に父親が死んでね」

 紗々は時雨から目を逸らし、答える。

「その遺産だよ」

 声音から悲しみは読み取れない。だが、どこかいつもと声のトーンが違った。

 時雨は予想外の答えに言葉を失い、数秒経ってから頭を掻く。

「すみません、つらいことを思い出させてしまいましたね」

「いや、気にしないで」

 紗々はすぐにいつも通りの声に戻った。

「ところで、やれそう? 川野ライム」

 仕事の話に戻ったので、時雨も頭を切り替えることにした。

「ええ、まあ。しかし人留さんの口ぶりからすると、殺意を削いでも警察に突き出せるかどうか……」

「そこは気にしなくていいよ、警察に捕まるだけが罰じゃない。彼女は彼女なりに、苦しむ事になる」

 紗々の言葉の意味を、時雨は測りきれなかった。



 明後日の夜、高層マンションから中年の男と少女が姿を現した。

 少女は幾分地味な格好をし、サングラスをかけているが纏う雰囲気とでもいうものが普通の人間とは違った。カリスマ性とでもいうものだろうか。

 歩き出した塚村とライムの前に、時雨と紗々が立ち塞がる。

「なあに? マスコミじゃないわよね。お医者さん?」

 テレビで聞いたのと同じ、愛らしい声。

「君たちは?」

 一分の隙もないビジネスマンといった様子の塚村は、眼鏡の奥から細い目で二人を見つめた。

「私は殺し屋です。今日も誰かを殺しに行くのですか、殺人鬼さん?」

 時雨の言葉を聞いた塚村は、眉間に皺を寄せた。

「どこで得た情報だ」

「さあね、心当たりは?」

 紗々は肩を竦めて問い返す。

「話すなら場所を変えないか? 人に聞かれるとまずい」

「それはこちらも同じです」

「ねえ、あたし屋上に行きたい。いつもあそこで殺してるもの」

 ライムが屈託なくそう言うと、塚村は溜め息をついた。

「後始末をする私の身にもなってくれ。また二人分の偽装をしないといけない」

「屋上、ね。エレベーターの中で一撃ってことにならないか不安なんだけど」

「大丈夫よ、あたしは屋上でしか殺さないわ。あそこは監視カメラに細工してるから安全なの」

「随分よく喋りますね」

 呆れてしまった時雨に、ライムは笑う。

「だって、あなたたちはどうせ死体になるじゃない。あたし、黙ってるのは嫌いなの」

 踵を返し、マンションに戻るライムに付き従う塚村。

 時雨と紗々は顔を見合わせると、マンションのエントランスがロックされる前に後を追った。

 警戒しつつエレベーターに乗り込んだが、何も起こらないまま屋上へと着いた。

「あたし、気に入った男がいたらいつもここに連れてくるの」

 ライムは屋上に出ると、気持ち良さそうに外の風邪を受ける。

「そっちのお姉さんはどうするの? 二対一?」

 視線を注がれた紗々はひらひらと手を振った。

「私は見てるだけだよ。人気アイドルの実力とやらをね」

「じゃあ、塚村も見てて。手は出さないでよ」

「ああ、分かった」

「随分と余裕ですね。マネージャーさんの助けはいらないのですか?」

 時雨は両手に四本ずつメスを構えた。

「あたし、これでも結構強いのよ?」

 ライムは臆することなく時雨を見つめる。

「ここってステージの上と似てるの。夜景がファンの持ってるペンライトみたいで」

 いつの間にかスタンガンを手にしていたライムの細い足がトンッと地面を蹴り、時雨に飛びかかった。

 時雨はそんな彼女目掛けて右手のメスを放ったが、ライムは体を捻り全て避けた。

 そのまま時雨の目の前に降り立ち、スタンガンを突き出す。

 時雨はなんとかそれを横に避け左手のメスも放ったが、ライムの動きは速く、一本が腕を掠っただけだった。

「なかなかのスピードですね」

「ええ、アイドルはステージの上では無敵だもの」

 ライムは魅力的な笑みを浮かべた。

「まるで、楽しんでるみたいだね」

 離れて見ていた紗々は、隣に立つ塚村に話しかけた。

「そうだ、あの子にとっては刺激がすべてだからな」

 塚村は眼鏡を直す。

「刺激があるから輝くんだ、ライムは」

 時雨はいつの間にか防戦一方に回っていた。

 フェンシングのように突き出されるスタンガンを避けていたが、給水塔に逃げ場を塞がれる。

「そろそろ死んでね」

 時雨の首元を狙って突き出されたスタンガン。

「貴女の動きは、もう見切ったんですよ!」

 それが当たるギリギリのところで、時雨はライムの腕を掴んだ。

「確かに速いですが、力では私の勝ちです」

 そして腕を捻ると、ライムの軽い体は地に叩き付けられる。

 その首筋に時雨はメスを走らせた。



 ライムは平凡な少女だった。

 特技と言えるほどのものは無く、いつも人ごみに紛れていた。

 それでも夢はあった。アイドルになるという夢が。

 しかし現実は残酷で、オーディションの不採用通知が溜まっていった。

 男に襲われたその日も、オーディション会場に向かっていた。

 草むらに連れ込まれた彼女は、スタンガンで男を撃退した。変質者が出ると聞き、護身用に買ったものだ。 

 改造もしていない普通のスタンガンの電圧で、男は死んだ。

 おそらく持病があったのだろう。心臓麻痺だった。

 ライムはそんな男の死体を放置し、オーディション会場に向かった。

 何故か気分が高揚し、自信があった。

 そしてその日、彼女は始めて合格した。

 ライムは気付いた。あの時受けた刺激が自分を輝かせたのだ、と。

 人を殺した時に感じた優越感、高揚感――そんな全ての感覚が刺激となる。

 デビューしてしばらくの間、鳴かず飛ばずの生活を送っていた彼女は、マネージャーの塚村にそのことを打ち明けた。

「じゃあ、また殺そう」

 塚田はそう言った。

「殺すなら気に入った男にしようか。その方がもっと刺激があるはずだ」

 その言葉に、ライムは安堵した。

 これでまた、輝ける。

 ライムは街で見かけて気に入った男を、改造スタンガンを使って殺した。

 案の定、ライムの人気は上がった。

 ――もっと刺激が欲しい。

 次は屋上で夜景を見ながら殺した。

 その時の高揚感は言い知れぬものだった。

 そうやって、彼女は今の地位に登りつめたのだ。



「あ……」

 メスはライムの頚動脈を切り裂く寸前で止まった。

 見下ろす時雨の殺気に満ちた瞳に、ライムは怯えた。

 自らが死に直面して、彼女の殺意は削がれたのだ。

「終わったようですね」

 時雨はメスを仕舞い、彼女に背を向けた。

「ライム!」

 駆け寄る塚村に、ライムはしがみついた。

「怖い……、怖いの……」

 紗々はその様子を見ると呟いた。

「刺激なんてものは強者だけが得られる快楽だ。殺意を削がれた弱者には、そんなもの恐怖にしかならないよ」

「行きましょう」

 時雨は紗々の肩を叩き、エレベーターに向かった。



 それから一ヶ月ほどが経っただろうか。

 時雨にとって、寝起きの悪い紗々との不毛なやり取りはもう日課となっていた。

 今日も朝食にラップをかけ、病院へと出勤した。

「よう、藍澤先生、聞いてくれよー」

 駐車場で出会った笹原が沈痛な面持ちで溜め息をつく。

「何です?」

「昨日合コンだったんだけどさあ」

「また駄目でしたか」

「そうなんだよ。今ライムが流行ってるよな、カリスマ性があるっつーかって言ったら……」

 その名前に、時雨は一瞬身を固くした。

「まだライムの曲なんて聞いてるの? ダサーイ、だってさ」

「それはそれは……」

 時雨の目に、ロビーに置いてある週刊誌の表紙が目に入った。

 ――人気急落、オーラを失ったアイドル!――

 大きな文字で書かれたそれに、時雨は肩を竦めた。

 ――これが紗々さんの言っていた、罰なのですね……。
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  1. 2015/03/13(金) 20:36:59|
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