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第一章

 『深淵もまた』の第一章です。プロローグと同じく期間限定公開となります。
 友人の人留と呉羽との日常、頼れる隣人、クラスメートの死、殺人鬼との再会。


第一章

 混雑した駅のホームに、紗々はいた。

 彼女は目の前に立つ男の背中を凝視している。

 スーツを着たその男は列の一番前に並んでおり、無防備な背中を晒していた。

 ――今なら、簡単に殺せる。

 彼女は思った。

 憎い男が背中を向けているのだ。もうすぐ電車がやってくる、このホームで。

 ――ただ、背中を押すだけだ。

 周りに聞こえてしまうのではないかと思うほど、鼓動が高鳴っていた。

 しかしそんな思いとは裏腹に、周りの人間たちは彼女のことを気に留めてなどいない。スマートフォンをいじっている者、文庫本を読んでいる者、友人と話している物――皆、彼女の思いには気付いていない。

 ――今なら……。

 電車が参ります、とアナウンスが告げる。

 ご注意ください、その言葉に背中を押された気がした。

 ――そうだ、自分から飛び込む人間も、事故で転落する人間もいるんだ。きっとばれない。

 ガタンゴトンと音を立て、電車が迫ってくる。

 彼女は大きく息を吸い込んだ。

 男は、彼女に気付いていない。

 電車がホームに入ってくる。

 ――今だ。

 彼女は思い切って両手を突き出した。

 男の背中の感触を、掌に感じた。

 彼の足が縺れ、死のステップを踏む。ホームに留まろうと足掻いたが、それも虚しく線路に転落する。

 急ブレーキの音が響き渡った。

 ――ああ、やった……。

 彼女は歓喜に打ち震え、両手を握り締めた。

 ――やっと、あんたを殺せた。



 スマートフォンのアラームが室内に鳴り響く。

「んー、夢か……」

 目を覚ました紗々は握っていた手を開き、額の汗を拭うとアラームを止めた。

 液晶画面を見ると午前七時、いつも通りの時間だ。

「嫌な夢」

 そう呟き、枕元に置いてあるうさぎのようなぬいぐるみを抱き締める。

 あの男の背中の感触が、まだ掌に残っているような気がした。

「ほんと、嫌な夢だ」

 もう一度口にすると、紗々は寝室を後にした。

 洗面所で顔を洗いさっぱりし、リビングでテレビをつける。

 朝のニュースはここのところ流行っている殺人鬼の話題で持ち切りだ。

 それはここ、晴空市で女子高生ばかりが数ヶ月で四人も滅多刺しにされたというものである。

 昨夜また遺体が見付かり、被害者は五人になったらしい。

「怖いなあ、ほんと怖い」

 紗々はコンビニで買った菓子パンを頬張った。

 食べ終わるとパジャマを脱ぎ、ハンガーに掛けていた制服に着替える。

 グレーのブレザーにプリーツスカート、白いブラウスに赤いネクタイ。それが彼女の通う晴常高校の制服だ。ブレザーの胸ポケットには校章と、三年生であることを示す黄色の学年章が付いている。

 高校生とは思えないほど大きなバストを持つ紗々は、ブラウスのボタンを留めるのに少し苦労していた。

「これ以上大きくなったらブラとか買い替えなきゃいけないから困るんだよね」

 溜め息をつきながらショートカットの黒髪をブラシで梳かし、黒いニーソックスを履く。

 整った顔立ちに肉付きの良い体をした彼女は充分に魅力的と言えるだろう。

 紗々は通学鞄を手に取ったが、その軽さで忘れ物に気付いた。

「おっと、危ない危ない」

 寝室に戻り、枕元に置いたままだった洋書を手に取る。

 無類のミステリー好きである彼女の趣味は、古今東西構わず気になる推理小説を読み漁ることだ。原著にも手を出しているおかげで、国語だけではなく英語の成績もトップクラスである。

 その本を鞄に入れると、専門家らしき男が殺人鬼のプロファイリングをしているのをちらりと見てテレビを消した。

「あれは二十代……、いや、三十代かな」

 昨日の男を思い出し、小さく呟く。

「そろそろ行くか」

 玄関に向かう紗々には「行ってきます」を言う相手がいない。数ヶ月前に母が他界し、その位牌も田舎の祖父の家にある。

 最初は寂しかったものの、一人の生活にはもう慣れた。祖父が裕福なため、金銭面で苦労することもない。

 紗々はドアに鍵をかけると、エレベーターのボタンを押した。



 マンションから歩いて二十分ほどの所に建つ晴常高校。その校舎は西洋風で洒落た外観をしており、窓から海が見えることもあって生徒たちに人気があった。

 授業開始のチャイムが鳴るのは八時二十分、ホームルームは昼休みの後に行われる。

 八時を過ぎた今、校門付近は活気に満ちていた。この時間に登校してくる生徒は多いのだ。

 そんな中、欠伸をしながら歩いていた紗々は友人の後ろ姿に目を留め、駆け寄った。

「おはよ、呉羽君」

 ひょろりと背の高い体を学ランに包んだ、黒髪に分厚い眼鏡をかけた少年の背中を軽く叩く。

 呉羽貴文は振り返り、

「おう、紗々。昨日のミルキーピーチ見たか?」

 と、問いかけた。

 ミルキーピーチというのは、正式名称『魔法少女ミルキーピーチ』。火曜日の夜七時に放送しているアニメである。女児向けではあるが、ヒロインや敵キャラクターが美少女であることから『大きなお友達』にも人気があるのだ。

 ちなみに紗々はうさぎのようなマスコットキャラ、うさ太に夢中なのである。

「昨日は塾だったから、録画したのまだ見てないんだよー」

「マジか。お前がその日に見ないなんて珍しいな。いっつも見てから寝るだろ? そういや感想メールも送ってこなかったし、何かあったのか?」

 呉羽は心配げに紗々の頭に手を置く。彼の言うとおり、火曜日の夜に行われる感想メールの送り合いは毎週のことである。

「ちょっと疲れちゃってね、早めに寝たの」

 紗々は笑いながら後頭部を掻いた。

「そっか、昨日は凄かったぜ。ブラックソフィの放った刺客がさあ……」

「ネタバレ禁止! 帰ってから見るんだもん!」

 紗々は慌てて両手でバツ印を作った。

「ああ、悪い悪い。じゃあ見たらメールしろよ。俺の萌え語りを聞け」

「君のメール長過ぎだよ。たまに字数制限超えてるしさ」

「俺のミルキーピーチへの愛はメールにゃ収まらねえんだよ。つかお前は基本的にうさ太可愛いばっかじゃん。ちゃんとピーチを見てるのかピーチを」

 呉羽は熱のこもった声で一歩踏み出す。

 紗々も負けずと踏み出した。

「私のうさ太への愛は言葉では表しきれないの。仕方なく可愛いの一言に凝縮させてるだけで。あとピーチも貧乳可愛いと思ってるよ」

 呉羽はそれを聞くと紗々の肩を掴んだ。

「お前は分かってる! そうだよ、ピーチの良さはロリボディにあるんだよ!」

 眼鏡越しの彼の瞳に炎が見えた気がした。

「二次元ロリこそ至高!」

「呉羽君は三次元の女の子に興味ないのー?」

 紗々は苦笑し、問いかける。

「ない!」

「わお、即答」

「二次元は裏切らねえだろ」

「確かに」

 どこか達観したような口調で語られるとなかなか説得力があり、紗々は頷いた。

「そういう紗々はどうなんだよ」

「私は気に入ったら老若男女二次三次問わずウェルカム。それが人生を楽しむ秘訣だよん」

 紗々はニヤリと笑ってガッツポーズを作った。

 そんな話をしながら、二人は海側にある南校舎に入り二階に上がった。二階の一番西にある三年一組が彼らの所属するクラスである。

 既に二十人ほどの生徒たちが来ており、それぞれ思い思いの話に興じている。

 紗々と呉羽は窓際後ろの席に向かい、教科書を読んでいる友人に声をかけた。

「おはよ、人留君」

「ああ、おはよう」

 茶色の髪を短く刈り込んだ、高校生とは思えないほど大柄な彼は人留献也。彼はその体格を活かして柔道部の主将を務めている。

「人留は今日も朝練か?」

 呉羽は尋ねながら前の席に鞄を置く。

「ああ、まあな。おかげで予習が間に合わなくて……」

 強面な割に真面目な人留の頭を、紗々は笑顔で撫でる。

「おー、偉いね。私は予習なんてしないよ」

「お前は塾に通ってるし必要ないだろ」

 人留は顔を赤くしながら紗々の手を掴み、撫でるのをやめさせる。

 紗々は笑いながら呉羽の隣の席に着く。

「まあねー。人留君も通えば? 一緒に勉強しようよ」

「簡単に言うな簡単に」

 人留は溜め息をつく。

 紗々の通っている塾は大手で、入塾テストによってクラスが分けられる。紗々は三つあるクラスの中で一番上のクラスに通っているのだ。

 人留の成績は中の下と言ったところで、どう頑張っても同じクラスでは勉強できそうにない。

「でも努力するだけ偉いよな。俺を見ろよ!」

 呉羽は自慢げに親指を立てた。

「よっ、眼鏡かけてるのにお馬鹿同好会会長!」

 冗談めかした口調で紗々が拍手をする。

「俺の視力はアニメとゲームに捧げた!」

「自慢することじゃないし、そんな同好会はない」

 人留はやれやれと肩を竦めた。

 ――本当は俺だって紗々と同じ塾に通いたいっての。

 秘めたる想い――気付かれているが――を口にはできず、彼はもう一度溜め息をついた。



 六時間目終了のチャイムが鳴る。

「よし、今日はここまでだ。ここはテストに出るからちゃんと憶えておくように」

 古典教師がそう言って教室を後にすると、生徒たちは一斉に騒ぎ出した。

「今日も授業終わったー」

 呉羽はやれやれと息をつく。

「二人はこの後どうするの?」

 紗々はノートや教科書を鞄に入れながら尋ねた。

「俺は部活だ」

「俺はバイト」

 呉羽は部活に入っていない分、バイトに精を出している。

「そっかー。私、今日は暇なんだよなー」

「紗々も部活とか入ったらどうだ?」

 人留がどこかぎこちなく言うと、紗々は「えー」と不満げな声を上げた。

「三年で新入部員とか周りが気を遣うじゃん」

「マネージャーとかさ」

「めんどいよー」

 口を尖らせる紗々に呉羽が、

「柔道部はマネージャー募集中なんだぜ」

 と耳打ちする。

「ああ」

 紗々と呉羽はにやにやと笑った。

「人留君ってば、そんなに私と一緒にいたいのかい?」

「なっ!」

「人留はあれだよ、県大会で優勝するところを紗々に見せて、その後告白したいんだよな」

 二人にからかわれ、人留は顔を真っ赤にした。

「そ、そんなんじゃない! 俺はもう行く!」

 ドスドスと音を立てて教室を出て行く人留の後ろ姿を、紗々は満足そうに見送る。

「あの堅物が真っ赤になるのは堪らなく面白いよねー。からかい甲斐があるっていうの?」

 そんな紗々に、呉羽は首を傾ける。

「お前、人留のことが好きなら付き合っちまえば?」

 だが、紗々はひらひらと手を振った。

「好きとは言ってないし」

「そうなのか?」

「うん、気に入ってはいるけどね」

「なら付き合ってやれよ。あいつ喜ぶぜ」

「えー、からかって遊ぶのが楽しいんじゃない。つか、何で君はそうくっつけたがる?」

「大事な親友の幸せを願ってだよ」

 しれっとした顔で嘯く呉羽に、紗々は疑わしげな表情を浮かべる。

「君らしくなーい」

「何言ってんだよ、俺は全人類の幸福を願う心優しき男だぜ」

「嘘もここまでくると、一周回って騙されそうだよ」

 この話題に不毛さを感じた紗々は、「そうだ」と話題を変えることにした。

「バイトどんな感じ?」

「マスドか?」

 マスタードーナツ、呉羽のバイト先のドーナツ店である。

「そうそう、楽しい?」

「ま、悪くはないぜ。余ったドーナツとか貰えるから食費浮くし」

「おー、それはいいね。チョコのドーナツ食べたい」

 甘い物が好きな紗々は、ドーナツ食べ放題の光景を思い浮かべて涎を垂らした。

「でも、呉羽君は何でバイトしてるんだっけ。欲しいものとかあるの?」

「いや、俺は家が遠くて一人暮らししてっから、アパートの家賃は自分で払えって言われてて」

「ああ、そっかー。うちはじいちゃんが出してくれてるからなあ」

「お前のじいちゃんって何やってる人?」

「作家だよ、ミステリー作家」

 紗々がミステリー小説を読み始めたのは、まだ祖父の家で暮らしていた頃のことだ。小学生ながら祖父の書いた原稿を一番に読み、目を輝かせていた子供時代を思い出す。

「へー。――あ、やべ、そろそろバイト行ってくるわ」

 呉羽は腕時計に目をやると、鞄を手にした。

「はーい、頑張ってね」

 紗々はそれを見送ると、

「そうだ、もうすぐ今読んでるの読み終わるし、図書室でも行くか」

 と呟いた。



 晴常高校の図書館は北校舎二階にある。

 紗々は渡り廊下を通り、移動教室でしか使われることのない北校舎にやってきた。

 三階の音楽室で吹奏楽部が練習しているらしく、勇ましいメロディーが微かに聞こえてきた。

 ――部活やってたら、確かに青春って感じなんだろうけどさ。

 紗々が帰宅部であるのは、単純に自分の時間が制限されるのを嫌ってのことだ。

 ――本読む時間がなくなっちゃうしねー。

 図書室の扉を開けると、しんとした空間が広がる。

 図書委員の女子が常連の紗々に気付いてカウンターから小さく手を振ったので、紗々も笑顔で振り返した。

 窓際の机には、本を読んだり勉強をしたりしている生徒が数人いる。

 紗々はそんな机の横を通り過ぎ、奥にあるミステリー小説の棚へ向かった。

「えっと、まだ読んでないのは……」

 小さな声で呟き、ずらりと並ぶ背表紙を見ていく。

 ――この作者のは前に読んで微妙だったな。この人のはまだ読んだことなかったっけ……。

 ふと目に付いた本を取ろうとすると、誰かの手と重なった。

「あ、ごめんなさい」

 小声で謝罪したのは長い黒髪を綺麗に切り揃えた女子。

「いや、こっちこそ。えーと……」

 話したことはないが、クラスメートだ。名前は確か……。

「香川さんだっけ?」

「ええ、話すのは初めてね、絆さん」

 純和風美少女といった感じの香川弓子はふわりと微笑む。

「そうだね。あ、これ借りる?」

「いえ、絆さんが借りるつもりだったんでしょう?」

「いや、私はこっち借りるから」

 紗々は適当に気になっていたシリーズの新刊を手に取った。

「じゃあ、手続きしてくるね」

 気を遣わせるのはあまり好きではない。紗々はカラッとした口調でそう言うと、カウンターに向かった。

 図書委員の女子は返却日のスタンプを押し、「はい、どうぞ」と本を紗々に手渡す。

「ありがと」

 紗々は図書室を後にした。

「待って、絆さん」

 渡り廊下で後ろからかけられた声は弓子のものだ。

「ん?」

 紗々は振り返った。

「あの、ありがとうって言えなかったから」

 弓子は小走りで紗々に追い付くと、隣に並んだ。

「ああ、いいっていいって、気にしないで」

「それとね、前から聞きたかったことがあるの。いい機会だと思って」

「え、何?」

 紗々は小首を傾げた。

「絆さんって小説が好きなのよね? 自己紹介で言ってたけど」

「ああ」

 クラス替え直後の自己紹介で、趣味は読書と言ったことを思い出す紗々。

「まあね、結構読んでる方だと思うよ」

「書く方に興味はないかしら?」

 弓子が首を傾けると、長い黒髪がさらりと揺れた。

「書く方か、興味がないわけじゃないけど」

「私ね、文芸部の部長をしているの。だけど部員が少なくて困ってるのよ」

 今日はよく部活に勧誘される日だと思いつつ、紗々は社交辞令で部のことを訊いてみる。

「どんな感じ?」

「部員は私を含めて四人。人が少ない分、アットホームな雰囲気だと思うわ」

「へえ」

「もし書くとしたら、絆さんはどんな小説にする?」

 なんだか入部すること前提になっているぞ、と危ぶみつつ紗々は「うーん」と腕を組んだ。

「やっぱりミステリーかな、よく読むし」

「ミステリーね」

 弓子は興味深そうに頷く。

「香川さんはどんな小説を書いてるの?」

「私は恋愛小説よ。恋愛ってとても素敵じゃない?」

 そう言われても、紗々にはどうもピンとこない。

「ロマンスはあんまり読んだことがないからなあ。あ、今度香川さんが書いたの読ませてよ」

「ええ、感想を聞かせてほしいわ。私ね、お互いが理解し合えている恋愛を書きたいの。本当に愛があれば、きっと人は共鳴するのよ。そして、人が生きることで動く物語を書けたらいいなって」

 弓子はそう言って儚げな笑みを浮かべた。

「私たちがこうやって生きているのって、とても素晴らしいことだと思うから」

「そっか。そう考えると、ミステリーは人が死ぬことで動く物語だね」

「それもそうね。ところで、絆さんはどうしてミステリーが好きなの?」

 紗々は唇を人差し指でなぞった。

「祖父がミステリー作家だからってのもあるけど、一番は人が人を殺す理由を知りたいからかな」

「人が人を殺す理由?」

「うん、フーダニットよりホワイダニット。人を殺すって凄く大変なことだよね。それだけのリスクを背負ってまで他人の存在を消そうとする理由が知りたい」

 紗々の言葉を聞くと、弓子は目を輝かせた。

「私、絆さんが書くミステリーを読んでみたいわ。貴女なら、人が生きることで動くミステリーを書けるんじゃないかしら」

「そうかな?」

 紗々は頭を掻いた。

 そして、ふと疑問を口にする。

「そういや、香川さんは何でミステリー小説借りたの?」

「ああ、後輩がミステリーを書くのよ。だから部長としてアドバイスできるようにならなきゃと思って」

「なるほど、部長って大変だね」

「ええ、でもやりがいがあるわ。あ、長話をしてしまってごめんなさい。私、部活に行ってくるわ」

「はーい、頑張ってね」

 紗々は笑顔で手を振った。

 弓子は「ありがとう」と言うと、南校舎の向こうにある文化部棟に駆けていく。

 ――人が生きることで動くミステリー、か。

 文芸部に入るつもりはなかったが、書いてみるのも面白そうかもしれないと思った。

 ふふ、と笑って紗々は帰路に着くことにした。



 紗々はコンビニの袋をぶら下げてマンションに帰ってきた。

 ――今夜は照り焼き弁当っと。

 その袋には夕飯用の弁当と、デザートのプリン。そして朝食用の菓子パンが入っている。

 紗々は基本的に料理などをせず、大体の食事をコンビニに頼っていた。

 料理ができないわけではないが、単純に面倒なのだ。

 マンション前に引越し用のトラックが停まっていることは特に気に留めない。世帯数の多いブルーパレスでは階が違えば――いや、同じ階であっても赤の他人に等しい。

 しかしエレベーターを降りたところで、新しい住人とはさすがに他人でいられないことに気付いた。

 1006号室の前に、ダンボール箱が積まれている。

「ああ、そういやお隣って空き部屋だったっけ」

「後は自分でやる。ありがとう」

「はい、またのご利用をお待ちしてます!」

 威勢の良い声と共に、引越し業者の男が帽子を取って頭を下げる。

 相手はワイシャツにズボン姿の筋骨隆々とした大男だ。人留より大きい男を紗々は初めて見た。年は三十かそこらで、黒い髪をオールバックにしており厳つい顔付きをしている。

 業者の男とすれ違ってから、紗々はとりあえず新しい隣人に会釈をした。

 男はそれに気付くと、

「1006号室に引っ越してきた高石誠司だ。よろしく」

 と、低くどこか心地の良い声で自己紹介をする。

 そうなると紗々も会釈だけでは済まない。立ち止まって、

「1007号室の絆紗々です。よろしくお願いします」

 と、先程より深く頭を下げた。

「ああ、お隣さんだったのか。その制服は晴常高校だな」

「はい、今三年で……」

「俺も高校はあそこだった」

「そうなんですか、じゃあ先輩ですね」

 紗々はとりあえず笑顔を浮かべる。それは社交辞令的なものだったが。

「ええと、紗々……、ちゃん?」

「紗々でいいですよ」

「分かった。ご両親に挨拶をしたいんだが、帰りは何時頃になるんだ?」

「あ、私、一人暮らしなのでお気遣いなく」

「そうなのか、実家から高校が遠いとか?」

 随分と詮索してくる男だ。紗々は面倒になった。

「母と二人暮らしだったんですけど、数ヶ月前に他界しまして」

 そう言うと大概の相手は申し訳なさそうに話題を打ち切る。

 高石も例外ではなく、

「そうだったのか……」

 と、言葉を濁す。

「はい。だから挨拶とかは結構ですから」

 紗々は自分の部屋の鍵を取り出し、ドアに向かった。

「その袋」

 だが、高石はまた口を開く。

「はい? 夕飯のコンビニ弁当ですけど」

 紗々は袋を軽く持ち上げて見せる。

「コンビニ弁当で済ませてるのか?」

「料理とか面倒なので」

 高石は元から険しい顔を更に険しくした。

「良くないな」

「え?」

「まだ成長期なのに、夕飯がコンビニ弁当じゃいけない」

「別にこれ以上成長とか考えてないですし、塾のある日はファミレスで食べてます」

「野菜は?」

「苦手なんです」

 高石は溜め息をついた。

「荷物を片付けたら夕飯を作るから、食べに来い」

「は?」

 紗々はぽかんとしてしまう。

「隣人なんだ。遠慮せずに飯ぐらい食いに来ればいい」

「いえ、遠慮とかじゃなくて……」

 ――お節介なんだけど。

 さすがに顔には出さないが、紗々は内心苛立ち始めていた。

「夕飯ができたら呼ぶから、待っててくれ」

 紗々は腕時計に目をやった。

 時間は五時半、確かにすぐに夕飯にするような時間ではないため、咄嗟に断る理由が見付からなかった。

「分かりました、待ってます」

 仕方なく紗々は、強引でお節介な隣人の申し出を受けることにした。



 それから一時間半ほどが経っただろうか。紗々が部屋着のセーターとショートパンツ姿で借りてきた本を読んでいると、インターホンが鳴った。

 高石だろうと、訪問者の姿を映す液晶画面を見ることもなく紗々は玄関に向かった。

 魚眼レンズで外を覗くと、案の定高石だ。

「どうも」

 ドアを開けると、高石は「待たせたか?」と頭を掻く。

「いえ、別に」

「オムライスを作ったんだが、嫌いじゃないか?」

「オムライス?」

 紗々の目が輝く。

「大好きです!」

 それは紗々の好物で、先程まで面倒だと感じていたというのにすっかり気持ちが変わってしまった。

「それなら良かった」

 高石は笑顔を浮かべることもなく、1006号室に紗々を招き入れる。

 リビングにはまだ二、三個のダンボール箱が残っているが、男らしいというかさっぱりした部屋だった。観葉植物が一つあるくらいだ。

 用意されたオムライスの匂いに、紗々の頬が緩む。

 高石と向かい合ってダイニングテーブルにつき、きちんと並べられた食事を見つめる。

 ケチャップのかかったオムライス、サラダ、そしてコーンスープの三点は見たところとりあえず合格点だ。

「味の保証はしないが」

 高石はむっすりとした表情でそう言う。

 紗々は手を合わせて「いただきます」と言うと、早速オムライスを口にした。

「おいしい!」

 玉子はふわふわとしており、中のライスの味付けも丁度良い。

「それなら良かった。ちゃんと野菜も食べるんだぞ」

「はーい」

 紗々はスプーンを置き、渋々ながらフォークでレタスを刺した。

 口に運ぶと、さっぱりとしたドレッシングの味が広がる。

「あ、これなら野菜も食べられそうです」

「そうか」

「高石さんって、料理がお上手なんですね」

「男の一人暮らしだと、自然と上達するもんだ」

「なるほど」

 コーンスープもファミレスなどで飲むよりずっと美味で、紗々はぺろりと完食してしまった。

「美味しかったです、ごちそうさまでした」

 紗々はきちんと手を合わせて食事を終える。

 そして、気になっていたことを尋ねることにした。

「そういえば、高石さんって何をされてる方なんですか?」

「探偵事務所に勤めてる」

「ミステリーみたいですね!」

 そう言うと、高石は渋い顔をする。

「よく言われるが、実際は浮気調査やペット探しが基本だ。格好良いもんじゃない」

「でも、やっぱり格好良いですよ」

 それはお世辞や社交辞令ではない。紗々の本音だった。

 ――餌付けされたからってわけじゃないけどさ……。

「そうか……」

 高石が紗々から目を逸らす。どうやら照れているらしい。

 紗々はふと壁時計を見た。

「あ、そろそろ失礼しますね。宿題やらなきゃ」

 予習はしない紗々も、さすがに宿題はきちんとこなしている。

「ああ、高校生も大変だな」

「ふふ、まあすぐ終わらせますよ」

 ガッツポーズをして立ち上がる紗々。

 高石は彼女を玄関まで見送る。

「仕事次第で作れない日もあるが、また食べに来るといい」

「ご迷惑じゃないですか?」

 紗々は靴を履きながら首を傾けた。

「子供はそんなこと気にするな。お前が迷惑じゃないなら、頼ってくれ」

 その言葉に、紗々はぽかんとする。

「どうした?」

「いえ、なんでもないです。じゃあお願いしちゃいますね」

 そして笑顔を浮かべ、

「ありがとうございました!」

 と、高石の部屋を出た。

 自分の部屋には誰もいない。リビングは静かだ。

 ――頼ってくれ、か……。

 紗々はソファに座り、テレビをつけた。音が無いのを寂しく感じたのは久々だった。

「父親がいたら、あんな感じかなあ……」



 翌日、いつも通り教室に入った紗々は、どこかクラスメートたちの様子がおかしいことに気付いた。

 生徒たちは深刻な顔をし、声を落として喋っている。

「ねえねえ、何かあった?」

 紗々は既に来ていた人留と呉羽に声をかけた。

「ああ、紗々。香川と話したことあったか?」

 人留がいつもより小さな声で尋ねる。

「香川さん? 昨日話したよ。文芸部に勧誘されちゃった」

「昨日、亡くなったらしいぜ」

 呉羽の言葉に、紗々は目を瞬かせた。

「うそ?」

「俺さ、日直だから職員室行ったんだけど、天川が話してた」

 呉羽の口から出た担任教師の名前に、それが事実だと悟った紗々は溜め息をついて椅子に座った。

「昨日喋ったばっかりなのになあ……。事故とか?」

 二人はどちらがそれを言うかといった様子で顔を見合わせる。

 結局、口を開いたのは人留だった。

「呉羽が聞いた話だと、殺されたらしい」

「ええ?」

 紗々の声が裏返った。

「俺、出て行ったふりして聞き耳立ててたんだよ。今朝遺体が見付かったけど、酷い有様だったって……」

 呉羽が顔を顰めているのを見ると、その『酷い有様』とやらについて聞けず、紗々は「そっかあ」とだけ口にした。

 クラスを支配する重い空気はそのせいらしい。ただ死んだのではなく、殺された。それは高校生にはショッキング過ぎる出来事だった。

 しかし、クラスメートたちは誰も涙を流してはいなかった。弓子はクラスに友人というほどの者がいなかったのかもしれない。

 紗々自身一度話しただけのためか、悲しいというより驚いたという気持ちの方が強かった。

「なんか寂しいな」

 呉羽が、机に肘を突きながら呟く。

「クラスメートが一人減ったと思うと、寂しい」

「うん」

 紗々は頷いた。

 実際の所、まだ寂しいという実感は無かったが頷かずにはいられなかった。



 午後のホームルームまで、教師から生徒たちに弓子の死に関して何かが伝えられることは無かった。

 ただ、重い空気と不確かな情報だけが校内を支配していた。

 昼休み終了のチャイムが鳴ると、先程話題に出た担任教師、天川晴紀が教室に入ってくる。

 よれよれの白衣を着ており浅黒い肌をした中年の化学教師である彼は、いつもなら明るく授業にも冗談を交える。だが今日は違った。緊張した面持ちで口を開く。

「知っている者もいるかもしれないが、このクラスの香川が亡くなった……」

 生徒たちがざわつく。知っていたことだが、教師の口から語られたことでそれが事実として重みを増した。

「ショックを受けるだろうが、殺されたそうだ」

 何人かの生徒の口から、「やっぱり……」という言葉が漏れた。

「警察の方に話を聞かれることもあるかもしれないが、協力してくれ。ただし、報道機関などには憶測や噂で勝手なことを言わないようにな」

 警察や報道機関という学校では聞きなれない単語に、ざわつきが酷くなった。

「静かに。動揺するなってのが無理なのは分かる。俺もこんなことは初めてで、動揺してる」

 天川の言葉を聞いた生徒たちは頷いた。正直なその言葉は効果があったらしい。

「今夜、香川の通夜がある。住所を書くからメモを取るんだぞ」

 そう言うと、天川は黒板に葬儀場の住所を書き出した。

 天川が黒板の方を向く時、その目に涙が光っていた。気付いたのは紗々だけではなかっただろう。



 通夜は学校の近くにある葬儀場で行われることになっていた。

 制服が好ましいとのことで、ほとんどの生徒が学校からそのまま来ている。紗々もそうだ。

 前方のパイプ椅子には親類であろう大人たちが、後方には三年一組の生徒や教師たちが座っている。

 ――お母さんのお通夜を思い出すな……。

 紗々はふと思った。

 母の通夜や葬儀は祖父に任せきりだった。紗々はただぼんやりとその光景を眺めているしかできなかった。

 ――でも、あの時ってこんな感じだったっけ。

 母の通夜ではすすり泣く声を聞いた気がするが、今はただ、読経の声が響くだけだ。

 どこかピリピリした空気すら感じ、紗々は居心地の悪さを覚えた。

 焼香の順番も淡々と過ぎて行き、通夜は終了する。

 黒い額縁の中で静かに微笑んでいる弓子の顔が、印象的だった。

「この後どうするんだ?」

 少しボーッとしていたところを、人留に声をかけられ我に返る。

「ああ、どうしようか?」

 紗々は慌ててパイプ椅子から立ち上がり、返事をした。

「とりあえずここを出ようぜ」

 そう言う呉羽も居心地の悪さを感じていたのかもしれない。

「うん、そうだね」

 会場の出口をくぐり、そのまま葬儀場を出ようとして紗々は足を止めた。

「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくる」

 そう告げて、廊下を突き進む。

 手洗い場は廊下の突き当たりを曲がった所にあったはずだ。

 曲がろうとした時、「何でこんなことに……」という声が聞こえてきて紗々は立ち止まった。

「私だって分からないわ……」

 続く言葉からも深刻な話のようで、姿を現しづらくなった紗々はこっそりと覗くことにした。

 声の主は喪服姿の弓子の父と母だ。

 ――香川さんのこと、悲しんでるのかな……。

 通夜の席では気丈に振る舞い、涙を見せなかっただけなのかもしれない。

「あの子が妊娠してたなんて……」

 神経質そうな顔立ちの母親の言葉に、紗々は上げそうになった声をなんとか飲み込んだ。

「こんなこと、うちの恥だぞ。親戚連中も内心笑ってる」

 生真面目そうな父親が、ぎりっと歯を噛み締める。

「本当に、あの子は何を考えていたのかしら。死んでまで迷惑をかけて……」

 そこまで聞いた紗々は居た堪れなくなり、手洗い場には行かずに廊下を戻った。

「立ち止まってたけど、どうしたんだ?」

 長い廊下だ、人留たちに両親の声は聞こえていない。

「いや、やっぱり今はいいやって思って」

 紗々は取り繕うようにそう言った。

「そうか? とりあえず晩飯食っていくか」

「うん」

 葬儀場を出た生徒たちは、もう弓子のことは忘れたかのようにそれぞれのお喋りに興じている。

 人留と呉羽は紗々が昨日弓子と話したと聞いて気を遣ってくれているのか、声を落として話していた。

「なんか悲しいや」

 紗々はぽつりと呟いた。

「そんなに悲しくないのがさ」

「俺たち、香川のこと何も知らなかったからな」

 呉羽はそう言って振り返り、葬儀場を見つめた。

「うん、そうだよね」

 紗々はふと思った。

 ――香川さん、君が生きて紡いだ物語は、どんなものだったのかな?



 ファミレスに寄った後、紗々は帰路についていた。

 もう九時で、当然ながら辺りはすっかり暗い。

 春になったばかりの風に吹かれながら、紗々は考えをまとめていた。

 弓子は妊娠していたらしい、それが信じられない。

 ――不思議な感じの子ではあったけど、真面目そうだったのに。

 しかし、あの両親の口ぶりから察するに本当なのだろう。

 そして、彼女は両親から愛されてはいなかった。

 そのことが、なんだかとても悲しかった。

 ――どうして君はそれでも、生きているのが素晴らしいことだなんて言えたんだ……。

 きっと弓子は生きていく中で家族より大切な人間に出会えたのだろう。そうとしか思えなかった。

 ――だとしたら、その相手が子供の父親……?

 考えることに没頭していた紗々は、後ろから男がつけてくるのに気付いていなかった。

「やっと会えたな」

 背後からの声に、紗々はハッと振り返る。

「貴方は……」

 街灯に照らされた銀色の髪に白いジャケット、そして眼鏡の奥からこちらを見つめる暗い瞳。

 紗々は咄嗟に走り出そうとした。

 だが、殺人鬼の革手袋に包まれた手が紗々の腕を掴み、強い力で引き寄せる。

 そのまま抱き締めるようにして、彼は紗々の耳元で囁く。

「通報しないでくれてありがとうな、同胞」

「どう、ほう……?」

 紗々は掠れた声でその単語を繰り返した。

「俺の名前は大月圭。現代の切り裂きジャックってやつだ。よろしく、絆紗々」

「何で、私の名前……」

 後ろから抱き締めたまま、大月は紗々の生徒手帳をひらつかせた。

「住所も押さえたから、逃げられると思うなよ」

 そう言って紗々を解放し、その胸ポケットに生徒手帳を戻す大月。

 紗々は高鳴る鼓動を感じながら、震える声で問いかける。

「どうして、自分の名前を教えたんですか?」

 大月はニヤリと笑う。

「俺たちは同胞、オトモダチだぜ。名前ぐらい教えて当然だ」

「同胞とかオトモダチとか、意味が分からないんですけど」

「お前だって、殺したいんだろ?」

 紗々の体が固まる。まるで蛇に睨まれた蛙のように。

「そんな、ことは……」

「分かるんだよ、目を見ればな。お前だって俺の目を見て感じただろ? 殺意とかそういう、普通の人間とは違うもんを」

 確かに、あの時深い闇をその瞳に見たのは事実だ。

 紗々は気圧されたように一歩後ろに下がった。

「私は、まだ……」

「ああ、お前はまだ誰も殺してない。それに迷ってる。だけどいつか、こっち側に来る」

 大月は一歩踏み出す。

 紗々は退かなかった。だが、彼の瞳からは目を逸らす。

「そうやって、自分の中の闇からも目を逸らしてるんだろ? 見つめてみろよ。そうしなきゃ、自覚しないまま闇に飲まれるぜ」

 大月が紗々の顎を掴み、自分の方を向かせる。

 紗々はされるがままにその瞳を見つめた。

「そうだ、それでいい。それでこそ仲間だ」

「だから、何だって言うんですか?」

 もう声は震えていない。紗々はしっかりした声で問いかけた。

「俺はただ、仲間を見つけてはしゃいでるだけだよ。そうそうお目にかかれないもんでな、お前みたいなやつには」

「そうですか……」

「それと、頼みがある」

 大月の表情が真面目なものになった。

「俺の濡れ衣を晴らしちゃくれねえか?」

「濡れ衣?」

「ああ、お前の学校の生徒、香川弓子殺しの濡れ衣を、な」

 紗々はその名前にピクリと反応する。

「警察はあの事件も俺がやったと思ってるらしい。何せ殺し方が似てるからな。喉を裂かれた後、腹を滅茶苦茶に……」

 想像して、紗々は気分が悪くなった。大月もそれを察したらしい。

「悪い。でも俺は、その子だけはやってねえ。何せ俺が殺すのは売春してる女子高生だけだからな」

 弓子と話した時のことを思い出す。

 清楚なイメージで売春などからは程遠く思えた。

 ――でも、妊娠してたって……。

 紗々はすっかり混乱してしまい、頭を抱えた。

「そうだ、何で私に頼むんですか? 私はただの女子高生ですよ」

 辛うじて、それだけを言う。

「だから言っただろ、俺たちは仲間だって。俺には頼る相手がお前ぐらいしかいないんだよ」

 しれっとそう言われても納得がいかない。

「仲間だなんて、貴方が勝手に言ってるだけじゃないですか」

「そのうち自覚するようになるさ。それに、同じ学校の生徒が殺されたんだ。犯人探しぐらいしてやるのが人情ってやつじゃねえか?」

「人情、ねえ……」

 弓子とは友達ではなかった。

 しかし、もし彼女が生きていたら友達になれたかもしれない、と気付く。

「分かりました、やります」

 紗々は大月の目を真っ直ぐに見つめた。

「おう、サンキューな」

「何で犯人が彼女を殺したのか、知りたくなったんです」

 それが弓子への弔いのつもりなのか、ただの好奇心なのか、自分でも分からなかった。

 だが、それでもいい。

「じゃあ頼んだぜ。俺は行く。あんまりのんびりもしてられねえからな」

 大月は紗々に背を向けると、片手を上げた。別れの挨拶のつもりらしい。

 紗々は息をついた。

「何なんだよ、もう」

 殺人鬼に仲間扱いされたことに、複雑な思いを抱く。

「とにかく、帰ろう」

紗々はこれ以上何もないように、帰り道を急ぐことにした。
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テーマ:ミステリ - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/01/07(水) 20:13:05|
  2. 没小説
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