FC2ブログ

人留&紗々シリーズ『スイーツフェアの殺人』

 以前書いた『スイーツフェアの殺人』を修正しました。
 デパートのスイーツフェアに行った人留と紗々が殺人事件に巻き込まれるミステリーです。


『スイーツフェアの殺人』

「こんなチラシが入ってたよ」

 郵便物を取りに行った絆紗々が俺、人留献也の前に一枚のチラシを置いた。

 紗々は黒髪をショートカットにした三十路の美人で、大きな胸を包む黒いオフショルダーのセーターとミニスカートを着こなしている。

 教壇を退いた心理学者の彼女は自分のことを住居も兼ねたこの人留探偵事務所の居候と言うが、昔からの友人であり所長の俺としては同棲と言わせたい。

「なんだ、スイーツフェア?」

 そのチラシは近所のデパートで行われるスイーツフェアを宣伝するものだった。

 少し、嫌な予感がした。

「行きたいのか?」

「うん、行きたい」

 紗々は甘い物が好きなのだ。一方俺は甘味が苦手。

「ねえ、人留君。せっかくだからデートしよ?」

 だがその言葉にノックアウトされ、俺は紗々に付き合うことになった。



 日曜日、デパートの最上階で行われているスイーツフェアはなかなか盛況のようだった。

 ワンフロアがさまざまな甘味の入ったショーケースで埋め尽くされ、女性客が楽しそうに見て回っている。

 しかもこの催しは菓子を売るだけでなく、作っているところも見せてくれるらしい。

「今日来てるパティシエは三人か。チョコと飴細工と砂糖菓子を作ってるところが見られるんだって」

 パンフレットを見ている紗々はわくわくしている様子。

 その姿を見ているといっしょに来て良かったと思ってしまう辺り、俺も大概単純だ。

「なんかさ、スイーツって見た目が可愛いよね」

「ああ、そうだな」

 確かに、置いてある菓子はどれも華やかで彩り豊かなものばかりだ。

「あ、このケーキおいしそう」

 紗々が指差した先には、ザッハトルテがあった。チョコレートの塊のようなケーキだ。

「後で食べたいな」

「今じゃないのか?」

「色々見てから決める!」

 そう言って、紗々は他のショーケースの中も見て行く。

 そういうところは、やっぱり女だなあと思う。

 俺はというと、色とりどりの甘味に囲まれて視覚だけで胸やけをしそうな気分だった。

 まあ、紗々が楽しそうだからいいか。

「あ、ちょうど作ってる最中みたいだよ」

 中央のスペースで、まだ若いパティシエがチョコ作りをしている。

「生クリームを入れると、ガナッシュクリームになります。これで生チョコを作るんです」

 パティシエはボウルに入ったどろどろのチョコを泡立て器で混ぜているところだった。

「生チョコっておいしいんだよね」

「そうなのか?」

「うん、普通のチョコより柔らかくて味がまろやかで……。後で買って帰ろうか」

 俺たちがそんな会話をしている間もパティシエは手早く作業をしており、いい具合になったらしいチョコは型に流され、冷蔵庫に入れられた。

「固まったら販売しますので、買ってくださると嬉しいです。もちろん、味見用もありますので」

 甘いマスクのパティシエがそう言ってウインクをすると、見ていた女たちがキャッキャッと悦ぶ。

 最近はどの職業も表に出てくるのはイケメンばかりだ。

 紗々の方を見ると、パティシエには興味が無いらしく既に他のショーケースに目をやっていた。

 俺はそれに少しほっとした。

「あのお菓子も可愛い」

 しかし、菓子は見た目が大事らしい。

「ふふ、脳で味わうんだから視覚的な情報も味のうちだよ」

 まるで俺の心を見透かしたように紗々は笑う。

「脳で味わう?」

「そう、味覚を処理するのだって脳でしょ? だから脳で味わってる」

「はあ……」

 分かったような、分からないような……。

「ちなみに羊羹とかコロッケみたいに長方形、楕円形の物は縦横比三対五がベスト。黄金比ってやつだね」

「次に羊羹を切る時は、三対五になるようにするよ」

「頑張って」

 心理学者らしい意見だとは思うが、俺にとっては食べ物を味わうのは舌で、満足するのは胃袋だ。

 まあ、黄金比は覚えておこう。

「ねえねえ、砂糖菓子で女の子のフィギュア作ったら売れるんじゃないかな。ぺろぺろできるし」

「ぺろぺろって……」

 たまにこいつの話の飛び具合が理解できなくなる。



 このフロアには喫茶スペースがあり、買った菓子を飲み物と一緒に楽しむことができる。

 今、俺たちはそこで一息ついていた。

「んー、おいしい!」

 ザッハトルテを食べている紗々の顔から笑みがこぼれる。

「良かったな」

 チョコレートの塊にしか見えないそれは、俺にとっては凶器でしかないが。

「ねえ、君は食べないの?」

 ちなみに俺はコーヒーしか飲んでいない。

「俺は甘い物は苦手だ」

「せっかくだから一口ぐらい食べてみなよ。あーんしてあげるから」

 それは、魅力的な提案だ。

 あくまで『友人』である俺たちは恋人らしいことなど普段はしない――肉体関係はあるが、それも紗々によると『友人としての行為』らしい。

「じゃあ、一口」

「はい、あーん……」

 少し恥ずかしいとは思ったが口を開けると、紗々は一口サイズに切ったザッハトルテをフォークで俺の口に運んでくれた。

 今俺たちはとても立派なカップルだ、などという満足感と共にそれを咀嚼する。

「う、あま……」

 だが、やはりザッハトルテは甘過ぎた。

 顔をしかめる俺を見て、紗々はにやにやと笑っている。

「君のその顔が見たかったんだ」

 くそ、サディストめ。

 俺はコーヒーで甘味の塊を流し込んだ。

「ふふ。そういうところ、可愛いよ」

「そうかよ」

「おいしかった。ごちそうさまでした」

 食べ終わった紗々はパンフレットを手にする。

「もう少ししたら飴細工やるってさ、見に行こうよ。ちなみに砂糖菓子は三時からだって」

「もうそんな時間か」

 時計を見ると、今は一時前。ここに来たのは十一時前だった。

「飴細工ってどんなのかなあ、綺麗かなあ」

 紗々がそう言った時、悲鳴が聞こえた。

「何だ?」

 周りに座っていた人間たちも顔を見合わせている。

「行ってみるか」

 俺たちは事件にはそれなりに慣れている。とにかく悲鳴のした方へ向かった。

 人が集まり始めているそこは、フロアの隅のスタッフルームだった。

「あ……」

 ドアを開けて立ち尽くしているのは。先程チョコレート作りをしていたパティシエだ。

 スタッフルームの中で、中年の男が胸から血を流して倒れていた。

 どうやら、殺人事件らしい。



 それから数十分後、このフロアから客は消え、代わりに警察で騒がしくなっていた。

 スタッフルームの側にいた警備員によると、入ったのは関係者のみで客が犯人という可能性は低いらしい。

 ということを顔見知りの刑事たちから聞いた。

「何でお前らがここにいる」

 眉間のしわがトレードマークの刑事、本郷啓太が俺たちを見る。

「偶然だ」

「ひょっとしてデートとかですか?」

 軽いイメージのある若い刑事、宮原泰智はどうも下世話だ。

 俺と紗々は今までに何度か殺人事件を解決したことがあり――主に紗々の功績だが――、警察と協力することもあるのだ。

 もっとも、本郷はそれを良く思っていないようだが。

「とりあえず情報ちょうだい、本郷刑事」

 紗々はそう言って両手を突き出す。

「容疑者は三人。今日ここで菓子を作ることになってたパティシエたちだ」

「チョコレート作りをしていた高崎友哉、飴細工をするはずだった中野圭斗、砂糖菓子を作るはずだった武藤弘の三人です」

 本郷と宮原の話を総合すると、被害者はレストランオーナーの佐々木浩一。生きている姿を最後に見たのは中野で、それは十二時半頃のことらしい。つまり、死亡推定時刻は十二時半から十三時の間ということになる。

「私たちも容疑者に会っていいかな?」

「勝手にしろ。喫茶スペースで待機してる」

 ぶっきらぼうにそう言う本郷に礼を言い、俺たちは宮原と共に喫茶スペースに向かった。

「あの、皆さん。この方たちがお話を聞きたいそうです」

 宮原が声をかけると、座っていた三人がこちらを見る。

「その人たちも刑事さんですか?」

「いえ、探偵と心理学者です」

「はあ……」

 三人は訝しげに顔を見合わせたが、まあいいやと言った様子で自己紹介を始めた。

「主にチョコレートを取り扱っています、高崎です。オーナーの経営していたレストランの従業員です。あとの二人も俺と同じですよ」

「飴細工をしている中野です」

「砂糖菓子を作っています、武藤です」

 三人とも二十代後半だろう。高崎は先程も言った通り甘いマスクのイケメンで、中野は線の細い気弱そうな色男。武藤は対照的にがっちりとした逞しそうな男だ。

「探偵の人留です」

「心理学者の絆です」

 俺たちは三人と向かい合うように座った。

 高崎は頭を掻いた。

「さっき刑事さんにもお話ししましたが、第一発見者は僕です。一時頃に休憩しようとスタッフルームに行ったら、オーナーが殺されていて……」

「なるほど。それで、中野さんが佐々木さんと最後に会ったんですね」

 紗々の問いに中野は頷く。

「はい、僕が十二時半頃休憩しにいった時、オーナーと二、三言葉を交わしました。調子はどうだ、とか」

「武藤さんは?」

「俺はちょうど高崎がパフォーマンスしてた時、十一時頃にスタッフルームに行きました。中野と同じように二、三オーナーと話して……。あの、中野が行った時は生きてたんですから、俺は関係ないですよね?」

「ええ、話を聞かせていただくだけですよ」

 紗々は、中野が嘘をついていない限りとは言わず、穏やかな口調で答える。

 紗々が物腰柔らかなためか、三人は落ち着いてきたようだ。

「十二時半から十三時までの間、皆さんは何をしていましたか?」

 俺は基本的な質問をした。

「僕は販売の方に回っていました、お客さんと話しをしたり。ただ、在庫を取りに行ったりで持ち場を離れる時はありました」

 高崎はアリバイと言えるほどのものはないらしい。

「僕はパフォーマンスのための準備ですね。裏で飴を溶かし始めていました。一人だったので、証言してくれる人はいません」

 中野も同じか。

「俺も高崎といっしょです、販売の方ですね。俺も在庫とかは取りに行ったなあ」

 三人とも確固としたアリバイはなし、か。

「ありがとうございました。またお話を聞かせてくださいね」

 紗々はにっこりと笑って立ち上がる。

「宮原刑事、もう少し詳しい話を聞かせてくれるかな?」

「はい、本郷さんの所に戻りましょう」

 喫茶スペースを離れてスタッフルームに行くと、『keep out』のテープの向こうで本郷が唸っていた。

「どうしたの、本郷刑事」

 紗々が訊くと、本郷はこちらを睨みつけてきた。

「凶器が見付からねえ。容疑者たちが使ってる包丁とは幅が違うんだ。傷口は三センチ、包丁はもっと幅が広い……」

「調べたのか?」

「ああ、持ち物は全部調べた。だが包丁以外に凶器になりそうな物は無かった」

「消えた凶器、か」

 紗々は人差し指で唇をなぞった。

「何か分かったってのか」

 本郷が険しい目付きで紗々を見る。

「正直、容疑者と話した時点で見当は付いてる」

 そう言って紗々は微笑んだ。



 俺と紗々、そして本郷は三人のパティシエが待つ喫茶スペースに戻った。

「犯人が分かりました」

 本郷がどこか忌々しげに言う。

 やはり部外者である紗々が事件を解決するのは良い気分ではないらしい。

「本当ですか! 一体誰が!」

 中野が立ち上がる。

「この事件のポイントは凶器です。人を殺せるような物は包丁以外にない。しかし包丁は凶器ではない」

 紗々は人差し指を立てた。

「でもね、一つあるんです、凶器になり得る物が。皆さんの専門分野にね」

「俺たちの、専門分野に……?」

「はい、それは……」

 紗々が言いかけたところに宮原が駆けて来た。

「あの、ルミノール反応出ました!」

 俺たちは宮原を見つめた。

「ボウルの中の、飴から!」

 視線が中野に移る。

「溶けた飴を薄く固めて、先が尖るように割る。それだけで立派な凶器ができるんです。しかも、使い終わったら軽く血を洗い流して再び溶かし、飴細工に使う。後はお客さんが食べてくれます。でも、ルミノール反応が出た以上言い訳はできませんよ」

 紗々に見つめられ、中野は何も言わず座り込んだ。



 こうして事件は解決した。中野は佐々木と独立のことで揉めていたらしい。

「あーあ、もっとスイーツを楽しみたかったなー」

 俺たちは帰路についていたが、解決した当の本人は残念そうだ。

「甘い物ならまた買ってやる」

「絶対だよ?」

「ああ。だから……」

「ん?」

「うちを出て行くなよ」

「ふふ、何それ」

 掴み所がなく謎の多い紗々を繋ぎ留めておきたくて、俺はその手を握った。
スポンサーサイト



  1. 2014/03/10(月) 17:45:28|
  2. 没小説
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<戻ってきました | ホーム | 悩んだけれど>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://bsophist.blog.fc2.com/tb.php/118-500efaa7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)